2007/2/4  #1863

厄年じゃなくて躍年

石清水八幡宮という神社が京都の八幡市にある。
ここは、厄除けの神様とかで、
小さいころ、うちの親父や親せきが厄年のときは
家族がつるんでお参りにいっていた。

前厄、本厄、後厄と3年間あるので、
たしか、親父のときと親戚のときと含めて
7年間くらい行ったような思い出がある。

お袋に、厄ってなに?と聞くと
この時期は、体が老いていく段階に入っていく時期で
体の異変や周りに災いが起きたりすると
教えられたような気がする。

ようは、青年からおじいちゃんになっていく
時期なんだと解釈していた。
少しさみしい気もしていたが、
ぼくにとっては、別世界のことようだった。

その年に、今年自分がなってしまった。
新年を迎えるときは、
心なしか動揺しているというか、
ここまで来てしまったかという気持ちが
なくはなかった。
あまり気にはしていないんだけど
少しネガティブに考えてしまう部分が
1%くらいはあったのかもしれない。

でもね、気づいたんだ。厄の考え方は
そうじゃないって。
だって、人生50年の昔の時代と人生80年の今と、
体も環境も社会も全然違うわけで
寿命がのびているのに、体のことだけでいえば
厄の時期が変わらないのはおかしいぞ、と。

でね、思ったのが、
厄の時期ってのが、男にとって
スキルも体力も集中力も一番あるときで
もうこれほど充実して働くときがないというほどに
働ける時期なんだと。
だから、ついつい無理をして
体をこわしてしまうこともある。
今、その時期に来たんだと。
今まで培ってきた実力をもって
飛躍できる時期にようやく入ったんだと
根拠はないけど、なにか確信めいたものを感じるんだ。

厄年じゃなくて、躍年。
飛躍の年ってこと。

だから、怖くないし、この時期が来てくれて
ありがとうと思っている。
そして、がんばろうと。
健康に気を付けるというと難しいので、
体重のコントロールだけは、気を付けようと。

だからというわけではないけど、
厄除け参りにいっていない。
お参りの期限は節分までといわれているみたいで
もう過ぎてしまったけど、
行っておいてこしたことはないので
今日、奥さんと石清水八幡宮にお参りしてこようと思う。

ここまで、生かしてもらってありがとうございましたと
神様に報告してくるのだ。