2004/5/17  #3

ホピランド滞在記2

「ホピランドに滞在して」

僕が訪れた6月にはタイデス翁、ロイの他に、マイケルというアメリカ人青年がホピランドで暮らしていた。彼は昨年行われたWalk across America(徒歩でアメリカ大陸を横断する平和デモ行進)のメンバーとしてこの地を訪れ、そのままこのホピランドに滞在しているという。彼がこの地での僕のすべき仕事をすべて教えてくれた。電気、ガス、水道などの施設の一切ないここでの仕事は、まず朝一番に行う近くの村からの水の汲み出しから始まり、炊事、畑の世話、小屋の増築など、すべて自分達の手で行わなければならない。この地に集まる人々は僕以外は全員、これら人が生きていく上で基本となる仕事はすべて自分で行うという、考えてみればごく当たり前の事を、とまどう事もなく、確実に行っていた。

あらゆる物が24時間常に消費され続けている東京で生まれ育ち、そこでの生活を何の疑問も持たずにあたりまえの事として受け止めていた僕にとって、この地で行われている大地に根ざした生活は、単なるカルチャーショックの域を越え、一人の人間として最低限身につけなくてはならない能力について、また、根源的な部分における人間と地球との関係の在り方についてなど、今まで培ってきた価値観を根底から覆すに充分な体験となった。

僕の滞在中にいろいろな人達がこの地を訪れた。カナダのネイティブ・インディアンであるイヌ族の人達、ドイツからやって来た女性ジャーナリスト、カリフォルニアのエディター、イロコイ族のメッセンジャー、日本からも漫画家の水木しげる氏が映画「ホピの預言」の監督/製作者である宮田雪氏と共に訪れた。彼らも皆、何か大きな必然に導かれてこの地へと導かれたのであろう。(ちなみに僕がこのホピランドでボランティアとして過す事となったきっかけは、東京で開催された映画「ホピの預言」上映会後に行われた宮田雪氏のスピーチであった。)

明日にはここを離れると決心した日の午後、僕はロイにこの地を去る前にどうしても「ホピの預言の岩」を見たいと切り出した。この岩はホピに伝わる重大な予言が記されているという岩である。ロイはその日のうちに僕をその予言の岩のある場所へと連れて行ってくれた。オライビ村を越してすぐのロードサイド・テーブルのあるレストエリアから少し奥へ入った場所に静かに鎮座していたその岩は高さ3メートル程の大きな岩で、中央の平面部にはホピに伝わる預言を示す絵が刻まれていた。