2004/5/10  #2

ホピランド滞在記1

以下のテキストは1994年に出版されたニューエイジマガジンFILI増刊号に掲載された「ホピランドに滞在して」に加筆訂正を加えたものである。


「ホピランドに滞在して」
今回は1993年にアリゾナ州北部に位置するホピ・インディアン居留地の中にある、ホピ・インディアンの長老の一人であるタイデス翁の私有地「ホピランド」に滞在した時の事を振り返ってみたいと思う。

ひたすら広がる荒涼たる砂漠地帯にひかれた一本の道、アリゾナ州道264号線。ルート66の中継地点であるニューメキシコ州ギャロップからこの州道264号線を車で北上すると、突然大地に横たわるファースト・メサと呼ばれる大きなメサ(岩盤上の台地)が視界に現われる。ホピの地にはこのファースト・メサを含めた三つの大きなメサがあり、このメサの上やメサとの間に点在するいくつかの村からなる土地が彼らホピ・インディアンの住む地、ホピ・インディアン・リザベーションである。

ホピ・インディアンとは数あるアメリカインディアンの部族の中でも、その独特な生活形態と生活環境から最も神秘的とされている部族のひとつである。彼らホピは他の多くの部族と違い、基本的に武器を持たず、戦士集団というものが存在しない。ちなみに、ホピという言葉は「人間」あるいは「平和」を意味するものである。

古くから伝わる教え(予言)を基にした生活を営み、この世界中のあらゆる事物と調和して生きていくというのが彼らホピの間に昔から伝わる正しい道、「ホピウェイ」である。しかし近年では物質社会の及ぼす影響がこの聖なるホピの地にまでも押し寄せ、それまで伝統的な生活を営んでいた彼らに様々な問題をもたらしている。

彼らが抱えるいくつかの問題の中で最も深刻なものが、保守派、革新派という2つのグループによる部族内における対立問題である。現在ホピの地では、従来のホピの正しい道「ホピウェイ」に従って生きていこうとする保守派と呼ばれるグループと、1936年インディアン再組織法という名の元に設立された、アメリカ合衆国政府にとって都合の良い行政を行う部族議会を指示する革新派との対立という構図が出来上がっている。

今回滞在したのは保守派の長老の一人であるタイデス翁が、自らの生まれ育ったホテヴィラ村を後にし、ホピ本来の正しい生き方を続けるために設立した「ホピランド」である。現在はタイデス翁と彼の義理の息子であるロイ・スティーブンスがこの地を管理しており、ホピ本来の生き方「ホピウェイ」に賛同する者が世界中から集まり、広大なトウモロコシ畑の世話をしながら大地に根ざした自給自足の生活を送っている。