2004/5/2  #1

ホピの土地へ

1992年10月、約2ヵ月に渡るアメリカ南西部での旅を終え日本へ戻ってきた僕は、旅へ出発前の自分とはまったく別の自分になっている事をはっきりと認識していた。

アメリカ・ワシントン州で行われたアメリカインディアンの通過儀礼であるビジョンクエスト・プログラムへの参加、アメリカインディアンのメディスンマン、ローリングサンダーとの出会い、アリゾナのホピ・インディアン居留地にてホピの預言を伝えるメッセンジャー、トーマス・バニヤッカ氏訪問、アリゾナ山中で昔ながらのナバホ・インディアンの伝統的なスタイル(電気、水道のない生活)で暮らす、ナバホ・インディアンのフランキー”ハイホース”スペンサーと彼の日本人の奥さん、サチさんとの出会い、そして彼らとの出会いの場となったアリゾナ、ユタ、コロラド、ニューメキシコなどサウスウエストと呼ばれるアメリカ南西部地帯を車で走り抜けながら五感を通して体感した母なる大地、マザーアースは、それまで日本で培ってきた僕の価値観をリセットするには充分な体験であった。またそれらの体験は日本に帰国後もまったく色褪せる事なく、僕のマインドの奥深くにしっかりと刻まれていた。

そして翌1993年、すでに前年の旅以来、僕自身の中で発動しはじめたなにかによって、また亀の島(北米大陸)へと旅立つ事となったのも、必然によるものであった。

今回の旅におけるプランはいくつかあった。

・ カリフォルニア州シエラネバダ山脈のふもとにある
  シバナンダ・ヨガファーム滞在。
・ ネバダに住むアメリカインディアンのメディスンマン、
  ローリングサンダー再訪。
・ アリゾナ・ビッグマウンテンで行われた
  ネイティブ・アメリカンの伝統的儀式のひとつである
  サンダンスのサポート。
・ アリゾナのホピ・インディアン居留地滞在。

今振り返ってみると実際この旅での一番の目的は”自分は地球の上に生かされている”という感覚を実際に体感できる亀の島(北米大陸)にて、時間という概念にとらわれる事なく、その場、その瞬間を生きているという感覚、生を体感する、という事であったように思う。基本的に毎日あてもなく、その日その時の気分に導かれるままに車を走らせ、夜はキャンプや野宿で過し、真夏の暑さからの避難が必要になった時にはモーテルや知人宅に逃げこんでいた。

この旅で僕が意識していたのは、自己のマインドをニュートラル状態に保ち、心のままに行動するということ。それは言い換えれば、大地から受け取るインスピレーション、または自分のマインドから送られてくるサインをキャッチし、そのサインに従い行動するという事であった。ここで言うマインドをニュートラルに保つというのは、近代文明社会における差別目的のために使用されている国籍、年齢、性別、職業などの肩書きを捨て、母なる大地の上に植え付けられたひとつの生命であるという事を認識することである。

帰国後、知人を通じてホピインディアン居留地での体験記を執筆するというオファーをいただいた。そのテキストは1994年に出版されたニューエイジマガジンFILI増刊号「アメリカンインディアンのスピリットに触れる - 特集シャーマニズム」に「ホピランドに滞在して」というタイトルで掲載された。