2004/3/23  #8

ああ 痛い!

つくづく自分は煩悩の塊だと思う。
私ほど「暑い、寒い、痛い!」を連発している人間は
いないんじゃないかと思う。

なのに何故かここ数ヶ月、自らをわざわざ痛みつける場所に
いそいそと出向いてしまう。
(別にマゾの気があるわけではございません)
大腸内視鏡検査ーこれ程の痛みを受けるのは我が人生始まって
以来じゃないかって言える位、一言で言って拷問だった。
私の大腸小腸結腸の中をまるで掃除機をかけるかのように
管がかけめぐる。
本気で死ぬかと思った。
検査が三分の二ぐらい終わった段階で先生が
「あなたの腸とってもキレイよー。全然問題ないわー
ほら見てごらん!」
と検査機械のすぐ横にあるスクリーンを見せられた。
なる程本当にキレイだ。つるつるの白身魚のようだわ。
(絶食して腸の中が空っぽだからあたりまえなんだけど)
生まれて初めて「動いている自分の内臓」を見た。
その何とも言えない感動の瞬間痛みがなくなった。
しかし先生はまだ管を通して私の腸をまさぐっている。
さっきと何も状態は変わっていないのに痛みがなくなった。
何故だろう???

それから数週間後私は行きつけの整体でいつものように
指圧マッサージを受けた。
これもまた内視鏡とはまた違う筋肉注射の一撃のような
痛みが全身に突き刺さる。
先生の細い指が太もも、ふくらはぎなどのツボにすぽっと
入る度に野獣のような声を張り上げてしまう。

しかしながらその日は整体師の先生が奈良のあるお滝さんで
修行をした時に起きた不思議な出来事をとくと話し始め
私は目からうろこが落ちるような思いで聞き入っていた。
その間ずっと先生は片時も手を止めず私の体を押し続けて
いた。
なのに気がつくとほとんど痛みを感じなかった。何故だろう?
きっと私は心頭滅却して苦行することなしに煩悩をついに
解脱したんだわ!と勝手に思い込む。
そんな事言ったら日々厳しい修行に励んでおられるお坊様から
「そんな事で簡単に解脱なぞせぬわい!それは単に気が紛れた
だけじゃ、このたわけ者めが!」なんて罵声が飛んできそう。。。

整体の先生に「今日はどういうわけか全然痛くなかったわ」って
言うと
「たぶんあなたの魂が喜んでいたのよ ウフフフ」と笑ってはった。

人間は普段十分の二ぐらいしかエネルギーを使っていないらしい。
本当は誰でももっと計り知れない潜在能力を持っているのに
世の中の物事に調和するために自分自身に勝手にブレーキをかけて
いる。
しかし何かの拍子に自分の内部のボタンがスイッチオンされて
エネルギーが発散されることがある。
普段何気なく生活している時は中々そのボタンが押される事は
ないのに外から突然痛みに襲われた時、自分の中に潜むエネルギー
が動き出す。
そのきっかけになるのは実はとてもささいな内なる喜びなんじゃない
かなと。

私の父は五年前に脳を大打撃して九死に一生を得た。
おそらく助からないだろうと医者に言われ家族全員覚悟していたにも
かかわらず父は何事もなかったかのようにむくっと目を覚ました。
あの時集中治療室の中で三途の川を横目に
あの世とこの世を行ったり来たりしながら激しい痛みの中で父は
何かを見つけたんだ。きっと。
私が察するにおそらくその川がビールに見えて思わず飛び込んで
しまったんだろう。
だから意識が戻ったときの第一声が「ビール飲ませてくれい!」
だったんだわ。
何て煩悩な男だと笑われるかもしれないけれど
脳の骨が砕けて体が壊滅状態にあってもモノを感じ受けるアンテナは
失っていなかったんだ。
あれだけの激痛の中でその小さな喜びをキャッチし感じる事が出来た。
それを希望というエネルギーに変換することが出来た。
それが生命力の強さなんだと思った。