2003/11/4  #3

小心者の独り言

先日久しぶりに結婚式のスピーチをした。
日本人とオーストラリア人のカップルで
場所は京都の格式の高い高級料亭、その場に
ふさわしいスピーチをしなければと何週間も前から
練りに練った文章を考え完璧な(?)原稿を持参して
料亭へ向かった。
すると当日スピーチとは別に急に新郎オーストラリア人の
お姉さんのスピーチの通訳を頼まれてしまった。
私もある程度の年齢を重ねてどんな事にも動じない
常に冷静な大人を演じてきたつもりだったが
この時ばかりは完全に心の乱れを露呈してしまった。

実は台本が無いと人前では何も出来ない小心な性格故に
必死にそれを隠そうと
「こういう席では結婚式にふさわしいきちんとした言葉
を使わなきゃいけないんだから 前もって言ってくれなきゃ
困るわっ!」
なんて自分の弱さから逃げる為に相手を批判なんか
したりしてもう最低である。

しかし断ったらオーストラリアからわざわざ駆けつけた
お姉さんの立場がなくなるので清水の舞台から飛び込む
ぐらいの覚悟で引き受ける事にした。

自分のスピーチは台本があったので何事もなく終わったが
問題の通訳に関しては自分の日本語能力の低さにすっかり
へこんでしまった。
とても心のこもった洗練されたお姉さんの英語の言葉に
ぴったり合う日本語の言葉が見つからない!
この10年間英語力を上げる事ばかりにとらわれて
母国語である日本語をどこかに忘れてきてしまったような
気がする。
人の言葉を伝えるのは本当に難しい。

そんなどもりっぱなしの通訳でも「とってもラブリーな
スピーチで良かったよ!」と新郎の家族がねぎらいの言葉
をかけてくれた時は本気で彼らを抱きしめたいと思った。

人前で何かをするからには完璧でありたいと思いすぎて
ついつい自意識過剰になってしまう。
でもそれは自己満足レベルを自分が上げたいだけで
人は別に完璧を期待しているわけではないのだ。
他の人達のスピーチを聞いていた時
ふとユーミンがある本の中で言っていた言葉を思い出した。

「観客はアーティストに憧れてパワーを求めて会場に
行くのだけれど そこでアーティストの弱さに触れる
事によって 自分で覆い隠していたり見ないでおこうとして
いた自分自身の中に存在するモノを確認作業している
事を発見する。それこそが本当の意味での感動になるんだと思う」

その晩靴ずれで皮が剥けた足をひきずりながら 体は疲れて
いるが 妙に爽快な気分で帰途についた。