2005/2/20  #65

シルクロードの記憶


だぁぁぁ、忙しいぃぃぃぃぃ。
お昼ごはん食べる時間もろくに取れないような状態なので、通勤電車の中でこれ書いてます。
うーん、なんだろう、これ。
過度の競争の中で、相見積もり(よその業界では入札というのかしら?)ばかりが増えていくけど、この業界の全営業マンが、限られたパイを取り合って右往左往してるだけで、肝心のツアーの質とか内容を高めていくことにまで、誰も手が回ってない感じ。自由競争って資本主義の大原則だけど、ここまで来ると考えもの・・・・ん?

あ、そうか。他の人と同じレベルだから、いつまでたっても競争にさらされてるのか。そこから抜けようと思ったら、能力的に抜きん出るしかないわけだ。

うへぇ、結局それかぁ。競争社会を嘆く前に、競争なんかモノともしないだけの自覚とスキルを持てってことね。横を見るな、上を見ろ。・・・あ〜ぁ。頑張れ、ワタシ。

話は変わりますが、今年、NHKは1年かけてシルクロードを特集することになっていますね。
その波及効果を見込んで、各旅行会社とも夏場のシルクロード商品を新聞などで仕掛け始めていますから、もう目にされた方もいらっしゃることでしょう。

シルクロードね。
そういえば大学のゼミ、古代シルクロードの研究だったなあ。
突厥、冒頓単于、楼蘭、大月氏、フェルガナ、ソグド人・・・名前を聞くだけで、なんだかワクワクと血が騒いだものでした。

もう10年も前になりますけど、1か月以上をかけて、あのあたりを列車と路線バスで旅して回ったことがあります。蘭州、敦煌、嘉峪関、トルファン、ウルムチ、カシュガル、タシュクルガン、クチャ・・・。
いやー、あれはヤバかった。
虚弱体質で、小中学校の体育の時間なんかしょっちゅう見学を強いられていたような身には、連日40度を超える土漠での強行軍は半端なくこたえ、ウルムチでついに行き倒れ。
友人に付き添われていった病院で点滴打って、なんとか旅を続けましたけど、日射病か、熱中症だったかもしれません。あるいは食べつけない羊肉にやられたか、ハエがたかった料理を気にせず食べて肝炎・・・・なんだ、自爆か。
帰国後会った人に「前か後ろか分からん」と言われるほど真っ黒に日焼けし、あのとき生成したメラニン色素がこれからシミになって出てくるんじゃないかと思うと、日焼け止めすら塗らなかった青春の無謀さに、ほろ苦い後悔なども滲んでくる今日この頃。

もちろん、行けば誰でも倒れるというものではなく、快適さとは無縁の中国の乗り合いバスで強距離移動する過酷さとか、日程そのものが若さ任せの強行軍だったりとか、敗因はそのあたりにあるので、今ならもうちょっと賢く旅もできるはず。
あー、また行きたいなー、シルクロード。
走っても走っても走っても走っても、延々と同じ景色が連なる土漠と、寝ても覚めてもひたすら左手に見え続ける天山山脈の、草木1本すらない荒々しすぎる景観。その果てにたどり着くオアシスの、少し砂色がかった乾いた緑。

東南アジアの、滴るような濃い緑と鮮やかな花々の彩りも好きだけど、どこか深いところで、あの色のない激しく不毛すぎる自然に対する憧憬、というか畏敬の念みたいなのがあって、私の中の景観ランキングでは断トツ1位です、今でも。

シルクロードが東西に走る中国西北部・ウイグル自治区は、トルコ系民族であるウイグル族が多く暮らすイスラム圏。思えばあれが、いわゆる「異教徒」との初めての出会いでした。
もっとも、宗教が違うといったって、泣いたり笑ったり、根本的なところは同じじゃん、と思った。顔も言葉も習慣も違うけど、同じ人間じゃん、と。そう思えたことは、その後の人生にとっても大変よい経験となりました。

・・・ただ、イスラム男性のナンパ攻撃には、いささかビビったかも。
なんでも、イスラム教徒同士の婚前交渉はご法度だけど、相手が異教徒女性ならOKだそうで、それが狙いかなと思うと、ナンパされても全然嬉しくないし、むしろ貞操の危機だ!とビビり倍増(笑)。
それでも、ウイグル自治区のほうはまだ控え目でしたが、その数年後にモロッコ行ったときは、もう。
日本人を見たら口説けという法律でもあるのかと思うくらいの勢いで、なんだか途中からはおかしくってたまらず、終始笑いっぱなしでした。一度など、初体面どころか会って1分後に「結婚しましょう!」と言われ、「いやです!」とお断りしたら、「ラクダ何頭なら結婚してくれる?50頭でどう!?」だって。
苦労して大学まで進ませた娘が遠い異国へ嫁に行き、実家にはラクダ50頭・・・父ちゃん泣いちゃうよ、てやんでぃ。
以来、テレビなどでラクダを目にするたび、「結納金・・・」というコトバが頭の中に点滅するナゲウリ子なのでした。

・・・・閑話休題。
にわかに旅行業界内で注目株となったシルクロードですが、この地域の知識のある人は業界内でもまだまだ少数派。10年前とはいえ行ったことのある私は、当時の経験にけっこう助けられています。
苦労して自力で動いていただけに、各地の移動所要時間とか気候、寺院や遺跡の名前なんか、意外と鮮明に覚えてるんですよね。
その後、研修などでパッケージツアーみたいにバスに乗せられて連れ回された所は、2、3年前でも記憶が曖昧なのに比べると、やっぱり全然違う。
ココロと脳みそに刻まれる記憶や思い出の深さを思うと、やっぱり『ビバ!自由旅行!』とつぶやいてしまうのでした。
旅行業者が言うなってカンジですが。てへ。

おっと。もうすぐ駅に着くので、このへんで。
明日も5時起きだー、気合だーっ!!