2004/12/17  #63

貴州で気付く、愛のありか?


いやー、食べた食べた。

8日間の中国・貴州省出張中、現地提携会社の部長や、行く先々の街の観光局の方々から下にも置かぬ接待をいただき続け、卓上を埋めつくす中華四千年の皿の数々を前に、胃袋の限界を超えて食べ続ける私。
「いえ、もうお腹いっぱいなんで・・・」という弱々しい声は、「さぁっ、どんどん食べて!」の大合唱にかき消され、なんだかもう、わざわざ吐いてまで美食を味わい続けた古代ローマの貴族たちもかくや、って感じ。

さすが、3昼夜を徹して繰り広げられる食の祭典・満漢全席を発明した国、半端じゃない。これはもはや日本人の満腹中枢に対する挑戦、飽食金満先進国に生まれた身へ神が与え賜うた試練、さぁナゲウリ子、このフードバトルにどう立ち向かう、胃薬なしでどこまで戦えるのか、果たして人間の胃袋はどこまで広がるのか、人体の驚異と中華四千年の油との熾烈な攻防戦、これは生命の神秘への偉大なる探求なのかぁぁぁっ!(と、古館伊知朗調で)。

・・・まあそれは冗談なのですが、未曾有の体重増加も果たし、やっぱ中華は美味しいけどカロリー高いなあと実感しました。田舎のほうにもかかわらず、いいものばっかり食べさせていただいたので、本当に美味しかったし、熱烈感謝、ではあるのですけれども。

貴州省と聞いて、中国のどのあたりかスグ分かる方は、あんまりいませんよね。麻婆豆腐とパンダで有名な四川省の東側、南へ下れば山紫水明の桂林があるところ、と言えば分か・・・んないか。山奥の田舎です。
でもそれだけに、まだ日本で知られていない見所もたくさんあり、旅行業者としては今後注目すべきスポット。日本人旅行者の好きな、民族衣装を着て暮らす少数民族の村も多く、詩情あふれる牧歌的な光景が広がっています。春になるとね、菜の花の咲き乱れる田んぼが、延々と何十キロも続き、地平線の遥か彼方まで黄色一色なんですって。わー、見たいなー。

めったに来ない日本の旅行会社からの視察ということで、行く先々の観光局の方はもちろん、なぜか地元テレビ局の記者までカメラ担いでやって来て、デジカメ片手にヘラヘラと笑う日本人の姿が、バッチリとビデオに収まってしまいました。2年前の四川省視察に続き、なぜかよくテレビに映ってしまいます。きっとビジュアル的にイケてるせいね、おーほっほ。

今回の出張は、新しい観光スポットの発掘と、ツアー客の使用に耐えうるインフラがあるかどうかのチェックがメインだったんですが、思ったよりはホテルもちゃんとしてるし、レストランもまあまあ。
ただ、トイレにドアはなかったですね、もう潔いほどに。あまりにキッパリとドア無しなので、たまに高級レストランなんかでドア有りのトイレに行き当たると、「あら、ドアがありますわ、おほほ、おおげさねえ」と思わずほほ笑んでしまったりして、すっかり中国人に同化してしまう私。日本の旅行業者としては失格ですね。とほ。

いろいろ心に残る景色や見ごたえのある町並み、ぜひもう一度味わいたいと思える名物料理などに出会いましたが、やっぱり人との出会いが一番深く、今も心に温かく息づいています。
心づくしのもてなしをしてくれた現地旅行社の方や、観光局の方々。初めは互いにビジネスパートナーとして接していたのが、一緒に街を歩いたり、食事を共にするにつれて次第に打ち解けてきて、お酒を飲みながら歌を歌ったり、最後は「会えて嬉しい」と抱き締めてくれたり。
標準中国語も通じないミャオ族の、実に100歳近いおばあちゃんが、身振り手振りで「うちで作った」と言いながらお酒を勧めてくれる、その仕草のなんとかわいらしかったこと。
8日間ずっと一緒だったドライバーのおじちゃん。始めは訛りのキツすぎる彼の言葉がわからなくて、ろくにコミュニケーションも取れなかったけど、段々とその中国語にも慣れて、「アンタとワシは飲み友達」とかわいがってくれた、笑顔の人なつっこさ。

結局わたしは、人と人の間に通うそんな温もりが一番好きで、それゆえ旅が好きなんだなー、と改めて。
生きてるだけで色んな人たちの恩恵を蒙っているけれど、旅をして異郷の人に会うと余計にね、それを強く感じられるし、言葉や文化が違っても心って通じるもんだなって思えるから。
実は、数え切れないくらいステキな出会いだらけだったんですよね、いつもは忘れてしまっているけれども。
留学中の、大好きだった友人たち。家にご招待してくれたネパールの女の子。発熱した私たちの頭に、バラ水をぶっかけライムの輪切りを貼りつけて、なんとか熱を冷まそうとしてくれたモロッコのおばちゃん。ワインをガブ飲みしながらフラメンコを見て、一緒に口笛吹きくったマドリードのおじいちゃん。繋いだ手を放そうとしなかったチュニジアの小さな女の子。メコン河の土手に腰掛けて人生を語った、ラオスの屋台のおじさん。
それぞれほんの一瞬の、ささやかな触れ合いではあったけれど、そこには確かに愛情があって、それは世界中どこでも普遍的に有るものなんだ、目を向けさえすれば、そこら中に愛が転がっているんだ、と思ったのですよ。ふと。家族とか友達だけじゃなくて、あっちでこっちで出会う人にもらう小さな愛情を拾い集めるだけで、自分にとっての世界は愛だらけになりえるんだ、と。

え、また人生トーク始まったって?
うふ、もうそれがライフワークな今日この頃。
考え続けることで、未熟極まりなかった自分が、少しずつでも成長していければいいなあと思います。同じ出来事に出会っても、去年の自分なら怒って泣いてたけど、今年の自分は慌てずに対処できて、来年の自分は笑っていられる、っていうふうに。

ちょうど昨日ね、営業に関する本を買ったんですけど、その中に「引き継ぎをしっかり出来るかどうかが、新しい仕事に取り組む際の成否の分かれ目だ」みたいなことが書いて、「新人じゃないし、引き継ぎする仕事なんて無いわー」と思ってたんですよ。そしたらその日の夕方に辞令が出て、来年から某大手旅行社の担当を任されることになって、年内に引き継ぎするように言われて。
すごい偶然、じゃなくてこれも必然だったんだ、あの本はメッセージだったんだ、と思えたことが、去年の私とは違う、今年分の成長かな。

じゃあ来年は、本からのメッセージではなく、予知夢で事前に察知できるようにでもなりましょうか。サイキック営業、とかね。
どんな厳しい競合でも、目を合わせた途端ナゲウリ子に発注したくなるとか・・・
うーん、ラクでステキ。くす。