2004/11/16  #61

つながり


英会話にせっせと通っています。
マンツーマンのフリートークなので、話の合う先生に当たるととても発展的で楽しい会話レッスンになるのだけど、ときどき先生が一人で白熱して、滔々と彼のオピニオンをまくし立てられてしまうことも。言ってる内容はわかるけど、それと対等に渡り合うだけの会話力はまだ無いっつってるぢゃんよぉぉ。

今日も、イラクで殺された香田さんの話になり、先生は「あれは自殺だ、自業自得だ」と言い放っていたけれど、一番悪いのは『殺す側』だってこと、なんで誰も言わないのだろ。
確かにあまりに軽率すぎて、もっと命を大事に考えてほしかった、残される人たちのことも考えてほしかったって思うけれど、人殺し=やってはいけないこと、っていう大前提は一体どこにいってしまったんでしょう。彼がどんなに軽率であろうとなかろうと、テロリスト達がどんなに自衛隊を撤退させたいとしても、とにかく殺したらダメだし、そんなことが起こりえる戦乱状態にこそ、まずNOって言わなきゃならないんじゃないの・・・・
という趣旨のことを主張したかったのですが、白熱するアメリカ人相手に、返す勢いも英語力もなく。英語で「朝まで生テレビ」状態というのは、まだまだ遠い未来のことのようです。んあー、もどかしー。

そんな折り、今度はネパールでまたドッカン。
テロリストによる爆破事件がありました。
以前から、ネパール西部を拠点にするマオイスト(共産主義者の毛沢東派)グループがテロ活動を繰り返し、首都カトマンズで銃撃戦になったりしたこともありましたが、今度もその絡みのようです。
おかげで、せっかく出ていたネパールツアーのお話も自然消滅。
いや、ツアーのことはいいです、この際。カトマンズには、今は音信も途絶えてしまったけど、留学時代の大好きだった友人が何人かいて、彼らが無事でありますようにと、ただ祈るばかり。
平和がいいですよぉ、本当に。あの人は生きてるかしら、殺されてやしないかしらって、そんな心配をしなきゃならないなんて、そんな世界は困るし異常だしイヤすぎる。

・・・・先日、映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー) 第五番」を見に行きました。10年以上前に始まったこのシリーズ、ずっと見たいと思っていたのですがタイミングに恵まれず、これが初めての鑑賞。
結局、上映の2時間ちょっと、ずーっと涙がちょちょぎれっぱなしでした。
ちょうど自分が考えていたこと、もやもやと疑問に思っていたこと、読んでいた本などと見事なほどにリンクする内容だったものだから、ふさわしいタイミングでこの映画に出会ってる、見えない糸で世界中のあらゆることにつながれ導かれて、今ここにいる、という感覚が、わぁーって胸にこみ上げてきて、涙も出っぱなし。
おばあちゃんじゃないけど、「有り難や有り難や」って、おてんと様に手を合わせて祈るような、そういう種類の温かく熱い気持ちでした。

それに、この「第五番」のテーマのひとつが『誕生』で、龍村監督の奥さんの出産シーンなんかも出てくるのだけど、一緒に見に行った友達に来年あかちゃんが生まれることになっていて、それをこの日初めて聞いて。
他の誰でもなく、もうすぐお母さんになる彼女とこの映画を見ることができて、ほんと嬉しい。
そして、自主上映ゆえに、ほとんどゲリラ的な単発上映でしか見られないこの映画について、ものすごくタイミング良く、その存在を私に思い出させてくれた盛田兄さんに感謝。「ガイアシンフォニー見た?」と言ってくれたのがあと一週間遅かったら、ネットでチェックすることもなく、今回の大阪での上映は見逃してました、たぶん。
運よく、龍村監督の講演というオマケまで付いてて超ラッキー。
こういうシンクロニシティを目の当たりにするたびに、「全てのつながり」ということを強く意識してしまいます。
地球の裏側まであまねく網羅されたつながりの中で、それぞれが何らかの役割を受け持ち、影響を与え合いながら生きてるんだなあ、私もその一部なんだなあ、と・・・・。

という訳で、いまパソコンの前で、うっかりナゲの人生トークを読まされて、「おい、オチがないぞ」とツッコミ入れているアナタ。これもまた、宇宙のつながりの中であなたにもたらされた、必然の出来事なのです。もしかして、「地球交響曲を見に行くように」という神様からのメッセージかもしれませんでしてよ〜、おーほっほ〜・・・。
(と、フェィドアウト。書き逃げ御免・・・)