2004/6/3  #52


小川さんはイラクへ行った


イラクで、また日本人の方が亡くなりましたね。
胸の痛いことです。
そして驚いたことに、小川さんという、あの若いほうの方を私、知ってるんです。

面識はなかったのですが、小川さんは昨年の秋から今年2月くらいまで、うちのカンボジア事務所で働かれていました。
私が2月のこのコラムで、機内でパスポートを無くして入国できないお客さんの話を書いたのですが、そのお客さんのケアをしたのがこの小川さんで、この時に私も電話でやりとりをしたんです。
あの時は「現地スタッフ」としか書かなかったけれど、あれを読んでくださった方はつまり、あのときカンボジアにいた小川さんを、すごく間接的にではあるけれども、知っていたと言えるんじゃないでしょうか。彼という人間がそこにいた、ということを。

なにか、今すごくドキドキしています。私と同じ山口県宇部市の出身ということもあり、彼がカンボジア事務所で働くことになったときから、その存在に注目していたので、余計にドキドキ、というか、心臓がバクバクしてしまうのでしょうか。
だって、知ってる人が殺されるなんて普通ないし、ましてやそれが戦場でなんて、平和が当たり前の日本で生まれ育った私にとって、完全に想像の埒外だったんだもの。

正直、こんなことが起こって初めて、イラクはすごく遠いところの話だと思っていた自分に気付かされました。連日のむごい報道も、自衛隊派遣の問題も、人質の問題すらも、ちゃんと考えているつもりになっていただけで、実はどこか遠かったな、と。
だからと言って、小川さんの死をきっかけに、イラクで起こる様々な事を自分のことのように捉えられるようになったかといえば、それは嘘。自分の命や生活が直接に脅かされているわけじゃない分、まだやっぱり遠い。
無責任だ、私。すごい無責任だゴメンナサイ、でもまだ遠い。

ただ、イラクは決してテレビの中だけに存在しているのではない、というのを、頭ではなく(頭でなら、百も承知だから)、初めて皮膚で感じたような気がしています。
小川さんが何を伝えたくてイラクへ赴いたのか私は知らないけど、単なる映像とか情報じゃなくて、たぶんそういう、もっと生きた感覚を伴うものを伝えようとしたんじゃないでしょうか。

そういう意味で、先日イラクで人質になった人たちの果たした役割も、大きかったと私は思います。
批判されようが判断が甘かろうが、彼らは私達に、イラクを思い出させてくれたし、それについて考えさせてくれた。議論をさせてくれた。

・・・ああ、そうですね、これ大事かも。
今まで、人質になった人たちのことを、「確かに行動に問題はあったけど、あんなにも非難されるべきではない、許してやって」という視点で見ていたのだけれど、彼らが行かなければ、誰かが伝えなければ、私達は何も知らないし、何も考えないもの。
たくさんの人を心配させたし、反省してもらうべきところもあるんでしょう。でも私達が、彼ら(報道や、ボランティアも全てひっくるめて)を通してしかイラクを知ることができない、ある意味では彼らを利用してもいるのだということも、忘れてはいけないのだと思うのです。

・・・あー、あとね。
北朝鮮の拉致被害家族が、小泉首相を責めたことに対する批判。家族会に、たくさん批判が寄せられてるんですよね。あれも、私は「えぇ〜??」でした。

小泉さんが子供達を連れ帰ってきたことに対しての『感謝のなさ』が批判されているみたいだけど、家族が、小泉さんの働きはまだまだ全然十分じゃないと感じたとしても、それは仕方ないんじゃないかしら。だってたぶん、ほんとに十分じゃなかったと思うの、家族の人たちのこれまでの苦闘や、小泉さんの働きに対する期待の大きさに比べたら。

普通に家族を亡くしても十分つらいのに、十年も二十年も生死不明で、探して、抗議して、声を上げ続けることのしんどさって、もう想像に余りある。私だったら狂うかもしれない。

もちろん、一国の首相は他にもやること山盛りで、拉致とか北朝鮮のことだけに全身全霊をかけることは出来ないかもしれない。
でも、首相じゃなくてもどんな仕事だって、期待される地点まで到達できない仕事なら、お客さんは認めないでしょう。「頑張ったけど出来ませんでした」なんて言ったら、怒られるか仕事失うか、どっちかだもの。ねぎらいは、あってほしいけど、無くても仕方ない。

全ての拉致被害者が帰ってくるまで、家族たちは怒り続け、抗議し続ける権利があるし、そうしなければならないと思う。家族がそれをやめてしまったら、他にはいないもの、拉致された人たちの為に、捨て身で戦える人。

許すより諦めるより、怒り続け、声を上げ続けることのほうが、よっぽどしんどいと思う。怒り続けることは、どれだけ深く心を傷めるだろう。それでもあの人たちは、それをやってくれてるんじゃないかしら。
あの人たちがもしも拉致被害を世間に訴えてなくて、誰も知らずにいたとしたら、まさかとは思うけど、今も北朝鮮は同じことをしていたかもしれないじゃないですか。

と考えたら、彼らの怒りのパワーで、私たち日本人は守られていた、と考えることだってできるんじゃないでしょうか。
あの人たちが訴え続けてくれるからこそ、私達は知ることができるんだと思うし、そんな彼らの口を封じるような批判は、ほんとに悲しい。悲しいぞ、きゅぅぅぅ・・・。

・・・ん。あーぁ、ごめんなさい、小川さんのお話から、またどんどんずれてしまいました。

小川さん、会いたかったな。長く生きて、自らの死を以て伝えるよりももっとたくさんの事を伝えてほしかった、と思いました。
同じ街で生まれ育ち、短期間とはいえ同じ会社で働きながら、一度も会うことのなかった小川さん。そして伯父の橋田さん。
お二人のご冥福を、心からお祈り申し上げます。