2003/7/9  #30

カンボジアで感じたこと(2) 
〜トラフィックトチルドレン


アジアへ行くとどこでも、物乞いの子供に出会ってしまいます。
「ちょーだい、ちょーだい」と明るくねだる子供もいれば、黙って両手を合わせてジッと見詰める子、ケガや障害のある体の一部を懸命にアピールする子など、スタイルは様々。
そして、そういう子供に出会う度、私はうろたえ、態度を決めかね、時には小銭を与え、時には逃げ出し、一貫性のない対応を繰り返しながら、これまで旅を続けてきました。
アジアの旅は私にとって、出会いと触れ合いと癒しに満ちた輝かしいものであると同時に、際限なく目の前に突き出される社会的弱者の手とどう向き合うか、常に心理的葛藤を余儀なくされるものでもあったのです。

それはさておき、ある時点まで私は、これら物乞いは、あくまでも自然発生的なもので、個々が生活の困窮具合に応じて物乞いをしているものだとばかり思っていました。
彼らが物乞いをして得たお金は、純粋に彼や彼の家族のものである、と。

そんな個々の生活エリアを超えたところで、もっと大掛かりに、組織的に子供を物乞いや物売りとして働かせ、その稼ぎを吸い上げているシステムがあると知ったのは、本当に最近のことです。

まだ経済的に豊かでない家庭の多いカンボジアでは、わずかなお金のために親が子供を売ったり、貧しさゆえに子供自身が家を逃げ出したりということも、稀ではありません。
そのような子供はやがてマフィアなどブローカーの手に落ち、タイのバンコクやプーケットなどの観光地に送られ、物乞いや物売りとして、過酷な条件のもとで働かされるというのです。
そのような子供を、トラフィックトチルドレンと呼びます。

タイの観光地などに送られた子供は、昼も夜も物乞いやゴミ拾いなどをさせられ、その売り上げはすべてブローカーに巻き上げられるとこのこと。稼ぎが悪ければ殴られたり、電気ショックを与えられたりすることもあるそうです。
中には売春を強要される子供もおり、女の子だけでなく、白人相手に身売りをさせられる男の子もいるのだとか。これまでも、こういう形の児童買春がタイ各地で(タイだけではありませんが)行われていることは知っていましたが、彼らが一体どこから来たのか、どういった経緯でそのような境遇に身を置くことになったのか、それらを真剣に探ろうとしたことはありませんでした、恥ずかしながら。

近年では、そういったトラフィックトチルドレンの現状に対する各国政府の対応も積極的になり、警察に補導された子供は移民担当機構を通して、あるいはタイ政府当局によってカンボジアに送還されてくるのですが、そこにも大きな問題が立ちはだかっています。
移民担当機構を通して送還され、援助施設に保護されるのが正規の帰還ルートなのですが、その正規ルートに乗ることのできる子供は、年間わずか200人前後。対して、タイ当局によって補導され、移民担当機構の手を通さずにカンボジア側に送還されてくる子供は毎月700人〜800人にも上ります。
タイ当局にとって、目的はひとえに子供達を自国に送還することにあり、受け入れ側の態勢に対する考慮など無きに等しいため、子供達はただひたすら国境のカンボジア側に放り出されるのみ。
保護の手からあぶれた子供達は、ブローカー(トラフィッカー)に捕まってタイへ再び送り出されたり、カンボジア側では自力で食べていくことができずに、自発的にタイへ舞い戻ってしまったりすることも多いそうです。

運良く保護されたとしても、保護されるべき子供の数はあまりに多く、より年少の子供を受け入れるため、年長になった子供は施設を出なくてはならず、そうした子供達は15歳前後で社会へと独り立ちすることを余儀なくされます。
しかし、小さな頃から適切な教育を受けた経験のない彼らの中には、母国語の読み書きすら満足にできない子も少なくなく、職業技術の未熟さもあって、低賃金労働を強いられたり、路上生活に戻ってしまうことも多々あるそうです。

私がバッタンバンで訪れた「若者の家」は、1997年に日本で設立されたNPO「国境なき子どもたち(KnK)によって運営されている、こうした年長のトラフィックトチルドレンやストリートチルドレン(路上生活する子供)、孤児などのための自立支援施設です。
今バッタンバン市内に、KnKが運営する施設はふたつあり、それぞれ「若者の家・男子」「若者の家・女子」として、合計50人あまりの10代の子供達をそこに住まわせ、教育を受けさせたり、職業訓練をさせるなど、継続的な支援をしています。(それ以外にも、ストリートチルドレンの小さな子供を救援する「ホームランド」も支援しておられます)。

私が訪れた際も、施設敷地内で識字教室が開かれていました。
先生と生徒数人の、ささやかな教室。私が飛び入り参加してしまったためか、照れくさそうにチラチラと私を見ては笑っていましたが、日本なら微分積分でもやっていそうな年齢の少年が母国語の読み書きを習っている姿は、見ている私の胸に突き刺さりました。
と同時に、彼らが年齢なりの学力や技術を身につけ安定した職を得て、いずれ家族を持ち、幸せな人生を歩いていけるようにと切に願いました。
ここで暮らす少年の中には、二十歳を超えた青年もいます。普通の子供より数年遅れで就学した彼は、いま高校3年生。大学進学を目指して勉強中で、とても上手な英語で、私と他の子供たちの間をつないでくれました。
もちろん、教育どころではない、今すぐに手を差し伸べなくては死んでしまうような子供達も、まだまだ溢れ返っています。命があること、それが全てのスタートです。
けれど、生きていくということは、ただ命があるというだけではない、とも私は思います。
生きるか死ぬかの瀬戸際にある人を助けたり、過酷な状況にある人を救い出したりする活動が今、絶対的に必要とされているのと同様、救われた命がより健やかに生きていけるよう差し出される手もまた、どうしても必要なのだと、ここへ来て感じました。
人は、パンのみに生くるにあらず。
もちろん、パンがなければ何も始まりませんが、夢や愛情、明るい未来への展望を子供達が持てるようになることは、施設の子供達を救うだけでなく、いずれ彼らが出て行くであろう社会全体にも、きっと良い影響をもたらすことでしょう。

「国境なき子どもたち(KnK)」のホームページは、以下のとおりです。
http://www.knk.or.jp/

ただ聞きかじってきただけの私がご紹介するよりも遥かにきちんと、主旨をご理解いただけると思います。
次回も、またカンボジアのことを引き続き書いていきます。

美容サロンで職業訓練をする女の子 若者の家の少年たち