2003/6/8  #28

飛ぶタイミング


人生には往々にして、助走もないまま何処かへ飛び出さなければならないような、思いもかけない瞬間があるように思います。
ちょっと待って、ちゃんと準備してから、とか躊躇している間に、もうタイミングを外してしまうような、そういう一瞬の間、チャンス。

たいがい、「えっ!?」と言ってる間に逃してしまうことが多いんですが、今回はカシっと捕まえることができたようです。

突然、カンボジアのバッタンバンという街へ行くことになりました。
観光客もあまり行かないところだから、街の名前と、そこへ行く交通手段があまり整備されていなくて大変、ということくらいしか認知していなかった街。タイとの国境に比較的近いところにあります。

この街に、路上生活をしている子供や、貧困のためにタイに売り飛ばされる途中の子供たちを保護して生活支援をしている、日本のNPO運営の施設があります。(前回のコラムで書いたボランティア団体とは別の所です)
ここに数日滞在して、裏方のお手伝いをしたり、施設の運営を視察させてもらえることになりました。

この施設に興味があるというお客さんのために、ちょうど来日していたカンボジア事務所のMさんと一緒にバッタンバンについての説明に行ったのが、ほんのひと月足らず前。
そのときに、お客さんから施設に関する情報を聞き、私も強く惹かれるものを感じました。
そして、「もし個人的な訪問を受け付けてもらえれば」とメールを送ったのが、1週間前。
数日後、「どうぞ来てください」というお返事をいただき、いきなり一週間後の渡航を決めてしまいました。
今、飛行機やホテルの手配、ビザの申請、訪問先の施設との連絡など、突然てんやわんやになっています。

「アジアを商売道具にするだけじゃなく、現地の実情をこの目で見たい」という私に、「こんな時期やし、行ってこい」と、直属の上司は間際の休暇申請にOKしてくれましたが、本社のほうはちょっと説得に苦労しました。
当然かもしれませんね。女ひとり、外務省の渡航延期勧告指定地域から外れてはいますが、めったに観光客も行かないような地域に、休暇扱いとはいえ、なんの準備期間もなく正社員を送り出すんですから。

でも、ここ数日の傾向ですが、ボチボチ見積もり件数も増えてきてるんです。
仕事上はとても有り難いことなんだけど、そのぶん、この機を逃しては、しばらくはもう休みをとるチャンスもないような気がして。

たぶん、行っても何もできないと思う。自分の無力さだけを思い知らされて、帰ってくるのかもしれません。
もっとも、たった数日の滞在の中で何かできると思うこと自体が、不遜なことなのでしょう。
私にできることと言えば、ただ目撃者になることだけしかないかもしれない。
でも、日本にいて情報を又聞きするより何十倍もの確かなものを、きっと目にすることができると思います。
それを、帰国したらちゃんと伝えていきたい。

今回の渡航に関しては、休暇にも関わらず、本社から「親族の同意書をもらうように」との指示が出ました。
もっとも、これは現地のことを知らない幹部役員が言ってることで、バッタンバン市への入境に関しては外務省も延期勧告は出してないんだから、同意書は必要ありません。
(通常の旅行だと、渡航延期勧告の出ている地域への旅行手配には、同意書を取ります。なにかあったときの免責の為に。)
ただ、常に暴走気味の私をいつも黙って許してくれている両親も、同意書などと言われるとさすがに心配らしく、賛成しかねる、と父からメールが届きました。

以前、ある人に言われました。
「何か人の為になることをしたいというと、みんなすぐに遠くに目を向けてしまうけれど、本当はすぐ隣にいる人から、先に手を差し延べなくちゃいけないんですよ。その愛情は、まわりまわって、ちゃんと遠くの人にも届くんですから」。
(そういえば、窪塚洋介の自著本の新聞広告にも、似たような一文があって感心しました。)

そういう意味でいうと、一番近しい両親に心配をかけている私は、ちょっとズレているのかもしれない。
でも、いろんな歯車がカチっと合ってる今、やっておかねばならないこともあるのだと、今回も、心配してくれる両親や友人に甘えさせてもらうことにしました。

というわけで、ちょっくら行ってきます。
仕事を持つ身では1週間がギリギリいっぱいですが、久しぶりの、何がどう転ぶか予定の立てづらい旅は、かえって楽しみ。
いろいろ辛い境遇にある子供達の施設訪問ですが、元気な笑顔を見られるといいなと思います。