2003/5/14  #25

国破れて山河あり、なカンボジア

仕事がヒマなせいか、ここ数週間、海外事務所のスタッフが入れ替わり立ち替わり日本に来ては、私たち営業マンと一緒に旅行社回りをしています。
先週はインド人、今週はカンボジア人、来週はミャンマーの日本人スタッフが里帰りついでに来て、その次はベトナムから・・・。
かわいそうにベトナムの日本人スタッフなんて、SARSの前までは忙しすぎて里帰りもままならなかったのに、お客さんが激減したとたん、「自分の食いぶち稼いでくるまで、ベトナムの敷居はまたいだらアカーン!」と現地のボスに放り出され、日本でせっせと営業活動してくれています。流浪の民。

今日も、カンボジア事務所のボス・Mさんが来阪し、得意先の社長を交えてお食事会をしてたんです、けど・・・。

んーと、なんかね。今日の話題はMさんの身の上話がメインだったんですけど、接待という状況も忘れ、思わず泣きそうになってしまいました。

Mさんという人は、ポルポト時代の虐殺を逃れ、難民として来日、日本の里親のもとで日本国籍を取得したのち、今はカンボジアに戻って旅行業でそれなりの成功を収めている人です。

ベトナム戦争が共産軍の勝利で終結した1975年、ベトナム社会主義国の誕生と同時に、インドシナ半島は全面共産化し、カンボジアでは「赤いクメール」ポルポト政権がスタートしました。
この政権支配は1979年、ベトナム軍の侵攻によって首都プノンペンが陥落し、ベトナムの傀儡であるヘン・サムリン政権が誕生したことで終焉を迎えますが、この間ポルポト政権は「粛清」の名のもとに、主に知識階級や都市部住民を対象に虐殺を繰り返しました。共産主義の暴走がもたらす、労働階級による階級闘争です。
この虐殺による犠牲者の数は、一説には100万、200万、一部発表では300万とも言われています。
もし300万という数を信じるとすれば、当時のカンボジア全人口700万のうちの半数近くが、わずか4年の間に、自国民の手によって虐殺されたことになるわけで、政権崩壊から20年以上経た今日でも、精神・経済・政治すべての面において、カンボジアの人々はその傷痕に苦しんでいる、と言われています。

それって、いったいどんな状況なんでしょう。二人に一人は殺されるんですよね。
二人兄弟のどちらかは死ぬ。恋人同士のどちらかは死ぬ。4人家族の半分は死ぬ。

当時まだ少年だったMさんも、収容所に送られ、毎日生死の境をさまよいながら、九死に一生を得て脱走に成功、農村の住民に匿われ、国外脱出を果たしたそうです。
Mさんではないけれど、こんな話も聞いたことがあります。
ある父子が、ポルポト軍兵士の手を逃れ、国外脱出を目指して餓死寸前になりながら、タイ国境の河までやってきます。そして河を泳いで渡ろうとしたその時、越境を阻もうとするタイ軍兵士、追ってきたポルポト兵士の両方からの狙撃が父の腹を貫き、そこから内臓が飛び出します。
父はその内臓を自ら引きちぎり、それを子供の手につかませながら、こう叫んで息絶えたそうです。「食え!食って、生き延びろ!」と。
体の小さな子供は河を流されて狙撃を免れ、父の内臓を食べて命をつなぎ、たった一人でタイ側の難民キャンプにたどり着いたそうです。

たった、20数年前の話です。私も、もうこの世に生きてた。両親の愛を受けて、すくすくと育っていました。
Mさんが、こう言いました。
「助かった時にねえ、国の中はこんなにグチャグチャなのに、山の緑も川の美しさも、前と何にも変わってなったんだよ。どこに出しても自慢できるくらいキレイだったんだよ。俺はこれをねえ、外に向かって伝えなきゃいけないと思ったんだよ」と。

いつもは忙しさに追われ、Mさんとこんな話もしたことなかったんです。
安く安く安く、って、業界内にはびこる恐怖の呪文に追い立てられ、「ちょっとMさん、なんでコレこんなに高いの」とか、「Mさん、またガイドのクレームだよー。もー、ちゃんと教育してくんなきゃ困ります、またお詫び状じゃないですかー」とか、文句ばっか言ってる。
忙しさを免罪符にして、ベルトコンベアに乗せるみたいに、わーって作業してツアーを送り出してる。
「もっと質のいい旅行を」と訴えながら、市場に蔓延してる、ただ安いだけの使い捨てみたいな旅行を売ることを、なかなか止めることができない。それが経済であるがゆえに。たとえそれが言い訳だとしても。

Mさんだって商売人だし、私たちだって、うん、ボランティアではなく商業活動として旅を扱ってる人間です。でもね、「本当の旅」(安ければ何でもどこでもいい、というような旅行商品ではなく)というものに夢や情熱が必ず付随しているのと同様、受け入れる側にも、ただ外貨を落としてくれる客、というだけではない、+アルファの気持ちが存在しているのよねえ、ということを、しみじみ考えさせられました。

私たちは、そんな気持ちを伝える者。
今の旅行業界に欠けているのは、その自覚かもしれません。
SARSの影響で、旅行業界は今ホントに大変です。
でももしかしたらそれは、自らを省みよ、という神様からの宿題なのかもしれない。
目先の利益誘導でホイチョイなものばかり売ってるから、SARSひとつでここまで壊滅的な被害を受けるんですよ。これからも、まだ同じものを選び続けますか、って・・・。

迷える業界人ナゲウリ子、相変わらず迷いっぱなしです。
でも、迷いまくりもシンドイので、今月末は念願の波照間島へ。うふふ。
けど5月の沖縄って、もしや梅雨!?