2002/10/26  #9



「ナゲウリ子の贖罪活動」


皆様こんにちは。
ウグイス盛田氏に失敗談をバラされたナゲウリ子です。

ええ、そうですとも。
夜9時、人もまばらになったオフィスで、それこそウグイスの如き美声で高らかに謳いあげましたとも。「ぶちょぉー、ウグイスの谷渡りってなんですかぁぁぁー?」・・・・

ああもう、ただでさえ毎日、営業先のおっちゃんらからセクハラ発言連発されてるのに、下ネタの「ピー」(タイ語で「精霊」の意)に取り憑かれてるとしか思えない。

ちなみにこの「ピー」、タイではその存在はごく一般的に信じられていて、ありとあらゆる「ピー」が生活の中に溶け込んでいます。ある時、ごく普通の大人しいタイ人男性が突然「トリを食わせろーっ」と叫んでニワトリを頭からバリバリと齧り始めたため、周囲の人々は「中国人のピーが取り憑いた!」と恐怖に恐れ慄いたとか。

ピーも怖いけど、ニワトリ齧ったら中国人、っていう発想、なんかスゴイですよね。

タイ人にとって中国人ってそういうイメージなんだぁ、へーって感じ。

・・・そんな訳で、下ネタのピーに取り憑かれるのは、日夜ナイトツアーを送り出し続けていることへの報い、あるいはアジアの女性達の呪いかしら、と突然の厭世感に襲われてしまったナゲウリ子。
イヤだイヤだと言いつつ、結局は商売っ気のほうが先に立って、明らかにナイトが目的と判ってるツアーも引き受けてしまいますもんね。断れば次から仕事がこなくなる、それが一番大きいんだけど、本当にそれを止めさせることはできないのか? だって所詮はサラリーマンだもん、という言葉を免罪符にして逃げているだけじゃないのか?という自問が、往々にして湧き上がってきたりします。

ああ、こんなにアジア大好きなのに、どうして好きなものを汚すようなことしてんのかしら、あたしー。くっすん。
だからせめてもの贖罪に、めいっぱいの愛をこめたアジア賛歌(今回は特にラオス)を、今回お届けしようと思います。
こんなことでゴマかしてごめんね、今日もアジアのどこかでは、一晩4ドルとかで児童売春とか行われているのに。ああ腹立たしいオヤジどもめ(泣)。

・・・アジアとの出会い、それは留学先の中国でのことでした(中国好きは子供の頃から。ある意味で中国人のピーに憑かれていたのかも)。

お金のない発展途上諸国にとって、国費で学生を留学させたくても、ヨーロッパやアメリカに派遣するだけの金銭的余裕はない。そこで当時、「第三世界のリーダー」を標榜していた中国に、途上国からの留学生が多く派遣されていたんです。私が出会った留学生の多くも、ラオスやネパール、ベトナム、アフリカ諸国の学生たちでした。

当時、ともに20歳くらい。でも、日本の20歳とは全然違うんです。
何が違うって、目が。
目が、おそろしく澄んでいるんです。それはもう、まさしく「瞳」と呼ぶにふさわしいシロモノで、「こんな綺麗な目は見たことがない」と衝撃を受けずにはいられませんでした。
実際話してみても、すごくピュア。
1年の留学期間中、彼らは本当に優しくしてくれて、いろんなことを話しました。
家族のこと。暮らしぶりのこと。好きな子のこと。・・・・内戦のこと。
1975年に終結したインドシナ各地の戦争のことを、少し年上の留学生達は、おぼろげながら記憶していました。でも有り難いことに、戦争の爪痕も、当時の子供達の瞳を曇らせるまでには至っていなかったよう。
そのことの理由を、後に彼らの国を訪れた時に知ることになりました。

もちろん、今なお戦いの爪痕に苦しみ、人心が荒んでいる国もあります。どこの国にも荒んだ人はいるでしょう。騙す人、殺す人がいなくなることもない。

けれど、その後バックパックを背負って訪れた、例えばラオスは、やはり「くーっ、大好きー!!!」と絶叫したいほどに、穏やかで、慎ましやかで、温かい人々の住む国でした。

そのとき、ふと思いました。ここには余計な情報がないのだと。

ラオスでテレビ放送が始ったのは、実に10数年前。アジアの中では比較的進んでいるタイに隣接しているとはいえ、それまで国内の情報や交通の行き来も、たぶん戦前の日本レベルだったのではないかと思います。
1990年代の後半になっても、デパートもなければ大きなホテルもない(今はありますけど)、外国旅行者もまだまだ少ない。本当に、毎日の生活に必要なものと情報だけに囲まれて、みんな暮らしていたんです。

思えば今の私たちの生活って、情報の渦の中に放り込まれているようなもの。
知っていることの半分以上は、実際に体験したことではなくて、映像だったり本だったり、それは全部、誰かの体験なんですよね。自分のじゃない。彼我の区別が、ものすごく曖昧になってると思うんです。
何かを媒介にして新しい知識を得ることは決して悪いことではないけれど、許容量以上のものを与えられて、私みたいな弱い人間はいつもパンク寸前。
流行りの服ほしい。シャネルの新色リップ欲しい。新しいお店がオープンしたから行ってみなくちゃ。吉岡秀隆と内田有紀が結婚だってよ。もっとやせなくちゃ。習い事でもして、もっと自分を磨かなくっちゃ・・・。
気づくと情報に踊らされてるだけじゃなくて、価値観まで誰かの受け売りになってしまいそうになってる。

そして私の知ってるアジアは、そんな情報過多の物欲地獄から少し離れたところにいる人たちが、たくさん住んでいる国でした。
あの綺麗な瞳は、自分に本当に必要なものだけを知っている目なんだと、そう思いました。
要らないもので自分のバケツを一杯にしていないから、まだまだ全然余裕がある。人にも優しくできる。
留学中の友達の、なんと愛情に溢れていたことでしょうか。
帰国の飛行機の中で、注いでもらった愛情のいくらかでも、何かで返すことができていただろうかと、感謝とも後悔ともつかない気持ちでシクシクと泣いたのを覚えています。

彼らは、国費でやってきたエリート中のエリート。その中の、橋梁の勉強をしている子がある日、ただでさえキラキラしている目をもっと輝かせて、そっと私に教えてくれました。
「国に帰ったら、メコンにもうひとつ橋を架けるんだ。タイともっと簡単に行き来できるようになれば、僕たちの国はもっと発展するんだよ。貧しくて子供を売ったりするような人たちを無くすんだよ」と。

・・・祖国のため。
日本で普通に聞いたら胡散臭くもあるこの言葉が、初めて意味のあるものとして耳に飛び込んできました。
海外へ出て、日本人である自分を意識することはあっても、祖国の為なんて生まれてこのかた一度も考えたことなんか、ない。この先何十年か生きるとして、自分が祖国の人たちのために何かを為す事がありえるなんて思えない。

それは国粋主義でもなんでもない、純粋な希望に裏打ちされた青年の志でした。
そんな大義を生きられる彼らを思い出すにつけ、今でもなんだか涙が出そうになります。
いとおしくて。

こんなに愛しい、かわいらしい人たちが住んでいる国、でもおおかたの日本人は、その場所さえハッキリとは知らない国。伝えたくて伝えたくて、この業界に入ってきました。

人間って、知らないことは無視するでしょ。
私なんか、チェチェンで内戦してても、よくわからないから受け流してしまう。国際世論が無視してるうちは、彼らの間だけでどんどん状況が悪化しちゃうかもしれないんで
すよね(アメリカみたいに何でも介入するのは反対だけど)。アフガニスタンだって、あんなことになる前は、国内情勢なんか外部は誰も知らなかったと思うし。

だけど一度でも行っことのある国なら、決して無関心ではいられない。もしかしたら、何かをしようという気になるかもしれない。手を差し延べよう、手をつなごうって気になるかもしれない。
そしたら少しでも、世界は平和になっていくんじゃないかと、ちょっと思ったりするのです。

正直なところ、趣味を仕事にするというのは両刃の剣みたいなところがあって、この仕事を始めて以来、タダで海外に出られるようになったかわりに、気ままに旅を楽しむという幸福を失いました。たとえプライベートでも、アジアへの渡航は会社への報告が義務付けられているし、現地へいけば駐在事務所のスタッフやホテルのセールスマンが毎日接待に連れ出してくれる。
予定を決めずに放浪するなんてことは、もう不可能になってしまいました。

でも、今はそれと引き換えでも構わないと思っています。取り戻すのは簡単だし。
今わたしがこの仕事をすることで、ちょっとでも日本の人たちがアジアに目を向ける手伝いができれば、とそんなふうに考えています。

・・・ならば何故、ナイトツアーを黙認するような仕事をするのか、という心のツッコミは、確かにあります。バカ安ショッピング連れ回しツアーで一体なにを見ろというのか、とか。

その回答および妥協点は、まだ全然見えてきません。
どっかで折り合いをつけなきゃいけないのか、ケジメつけなきゃいけないのか。さっぱりわかんない。
そういう点でこのコラムは、1‐2年後に読み返してみたら、成長日記みたいな様相を呈しているかもしれません。
そんな中途半端なものを垂れ流してしまうのって、単なる心のマスターベーションなんじゃないかという声もありますので、今のうちに謝っときます。ごめんちゃい。
今は、目を通していただいてるだけでも、拝みたいほど有り難いです。

今回は贖罪衝動に駆られて、比較的清らかめの内容になってますが、いかんせん日頃の営業活動自体が非常にドロ臭いため、次回からはまたいつもの腹黒ワールドが広がってしまうのは必至。
腹黒セールスマンのつぶやきは、これからも細々と続けていく予定です。
では、さようなりー。

***おまけ***
10/25朝8時頃のNHKニュースで四川省のパンダ繁殖センターが紹介され、そこにナゲが写っていたと、多数の友人からご連絡いただきました。おしい、私見てへん。
誰かビデオなんかとってないですよねー。ナゲウリ子の全国デビュー、記録に残しておきたかったわーん・・・。