第5回 その8


NRBQを日本に呼ぼうと思うまでには
不思議なめぐりあわせがあったんです。

 

□ラムネ庵
今回のNRBQのライブなんですが、
中島さんは発起人みたいなものですか?

□中島さん
大阪公演に関しては僕が主催してます。
実は、NRBQが日本に来るのは今回で4回目になるんですけど、
僕は2回目に来日した時にもお手伝いをしたことがあったんです。
それを手伝うようになるまでというか、
今回のこのライブを僕が主催するに至るまでには、
いろいろ長い話があるんですよ。

□ラムネ庵
なるほど、なんの経験もなしに今回企画をしたわけじゃなくて
ちゃんとこれまでにきっかけとか積み重ねがあったんですね。

□中島さん
そうです。
なんか不思議な巡り合わせだったなぁと今でも思うんですけど。
まずね、ダグ・サームっていうミュージシャンがいて…。

□ラムネ庵
あぁ、あの人もあまり知られていない人ですね。

□中島さん
でもすごく伝説的なミュージシャンで、
去年位に亡くなってしまったんですけど、
その人がカントリーゴールドという富士山の麓でやる
野外のライブイベントに来た時があって、
僕と一緒にバンドをやってるベーシストが
ダグの大ファンでそれを見に行ったんです。

そこで彼が、東京から来たっていうちょっと変わった夫婦に出会った。
その夫婦、どこが変わってるかっていったら、
「ようこそダグ・サーム」っていう立て看板もって
踊りまくっていたらしいんですよ(笑)

それで彼が興味をもって話しかけたら、
お互いあまりにも熱狂的だったから意気投合して、
その後も電話かけあったり手紙をやり取りしたりしてたらしんです。
で、ある時その夫婦の奥さんからベーシストのところに
一箱分どっさりカセットテープが送られてきた。
それにはダグ・サームの古い録音とか色々入ってたんですけど、
その中に、当時出てたNRBQのアルバムのカセットテープが
ぜんぶ入っていたんです。

ちょうどその時、僕は、前に話したように(注:第七回参照)
ビデオを見て衝撃を受けたくらいの時で、
NRBQにすごく興味を持っていたんです。
だからベーシストの家に遊びに行ったときに、
そのカセットを見つけた時には、びっくりして、
「オレにこれをくれ。お前聴けんへんやろ!」って言って
すぐさまもらって帰った(笑)
その時ベーシストの彼は
NRBQ聴いてもあんまりピンとこなかったみたいなんです。

□ラムネ庵
あー、その奥さんもNRBQの大ファンだったわけですね。
それもまたビデオに続いて、なんか運命的なものを感じますね。
それでNRBQの音楽を一気に聴いたと。

□中島さん
そう、 アルバム10枚分くらいあったと思うけど。

□ラムネ庵
いいなー。今も全然アルバム売ってないですよねー。僕もほしい(笑)

□中島さん
それでますますはまっていって、
NRBQが初めて来日した時、
東京のライブ会場で僕もその夫婦と初めて会って、
意気投合して親しくなったんです。
そしたら、なんとその奥さんがNRBQを見に
アメリカまでひとりで行ってしまった(笑)

□ラムネ庵
ハハハ本物ですね、それは(笑)

□中島さん
その人も僕に輪をかけてDIY(Do It Yourself)の人なんですよ。
NRBQを見にアメリカまで行って、
まずNRBQの初代のギタリストのスティーブ・ファーガソンていう
人のライブを見に行ったそうです。
そしたら自分のライブに日本人の女の子が見に来てるから
スティーブ・ファーガソンも気にしてたらしい。
ライブ終わった後彼女がスティーブ・ファーガソンと話をして、
「私はNRBQやあなたを見るために日本から来た」と言うと、
最初は信じてくれなかったそうです。

でも別の会場にもまた彼女が来てるから、とうとう彼も信じてくれた。
彼女が今からNRBQのライブを見てずっとまわることを伝えると、
スティーヴは、女の子がアメリカを一人で旅するのは危険だから
オレがNRBQのメンバーに手紙を書いてあげるよ。
だから彼らと一緒にまわりなさいと言って
彼と NRBQのメンバーにしかわからない言葉を添えた手紙を書いて
彼女に渡してくれたそうなんです。

□ラムネ庵
へぇー。

□中島さん
彼女は最初はそんなことしてくれなくてもいいと言って断ったんだけど、
あまりにも心配してくれるからその手紙を受け取って、
NRBQのライブの時、スティーブが言った通りに
演奏中にキーボードの上にその手紙を置いた。
そしたらライブが終った後キーボードのテリー・アダムスがそれを見て、
スティーブからのお願いだということを知って、
彼女はNRBQと一緒に旅をすることになったんです。

□ラムネ庵
へー、ほんとですか?
いいなー。うらやましい話ですねぇ。
アメリカ中を大きなトラックかなんかでライブしながら巡ってるなんて
なんとも憧れる光景です。それを一緒にまわれたなんて…。

□中島さん
さすがの彼女も最初は緊張してうち解けられなかったらしんですけど、
段々心が通うようになってきてものすごくハッピーな時間を過ごした。
それで日本に帰ってきてから、彼女から僕のところに電話があって、
一緒に楽しい時間を過ごしてくれたNRBQにはとても感謝してる、
だから彼らに恩返しをしたい。NRBQを日本に呼べないだろうか?って。
NRBQを日本に呼ぶためにはどうしたらいいかって相談されたんです。

□ラムネ庵
中島さんもそれまではいくらNRBQが好きでも、
まさか自分で日本に呼ぼうなんて考えてなかったんですね?

□中島さん
考えもしなかったですね。
でも彼女は真剣だった。
だからこそ僕もやってみようと思ったんでしょうね。
それがNRBQの二回目の来日公演を計画した発端だったんです。

それから彼女と東京と大阪で親密に連絡をとりあって計画が始まった。
でもよくわからないことばっかりでしょ?
契約の問題とか人の問題とか機材の問題とか。
しかもやりとりはアメリカのマネジメントと話をしなくちゃいけない。
そんな難しい話できないから、
そういう話ができる人に手伝ってもらったりして、
二人で四苦八苦しながら難しい問題を乗り越えて、
ついに来日させることができたんです。

彼女が東京、僕が京都、もう一人僕の友達が博多を担当して
彼女は全体の主催者ということで三都市で公演を企画しました。
京都公演の収支はプラスマイナスゼロ。ほんとに見事にプラマイゼロ。
東京公演は少しは儲かったんじゃないかな。
それでも大満足でしたね。ものすごく楽しかった。

□ラムネ庵
そうか。じゃあその時に、今回やってることの経験を積んだんですね。

□中島さん
それがなかったら今回できなかったと思います。
ただその時は、僕はあくまで彼女のやってることを手伝っただけで、
すべてのややこしい手続きとかリスクとかは彼女が一人で負っていたんです。
だからすごいのは彼女がすごいんです。
思いこんだらやらずにおれない人ですね。
結局彼女はそれから離婚してしまって、
実は今NRBQのドラムのトム・アドリーノの奥さんなんです(笑)

□ラムネ庵
え゛っー!マジっすか〜!!

□中島さん
トム・アドリーノとは国際結婚だから、
友達として結婚の証人も僕がやったんですよ。
本当に僕は彼女を見てて、
人生のすごい瞬間をたくさん目撃したように思います。