第5回 その6


伝えたいことがまず先にあって、
そのために翻訳をするっていう仕事がある。
ほんとにしたいのはそんな仕事なんです。



□中島さん
翻訳の仕事っていってもいろいろあるけど、
僕がやってる仕事には大きく分けて2種類あります。

ひとつは、翻訳会社やクライアントから仕事がくるのを待ってる仕事。
要するに翻訳するってことを目的としている仕事。
それからもうひとつは翻訳することで、何かを伝えたいっていう仕事。
それって同じ翻訳でも全然違う仕事だと思うんですね。
翻訳を目的としてる仕事は、すごく技術も必要でレベルも高いけど
言ってみたらすごく受身でしょ?
電話がかかってくるの待ってるわけだから。
今の化学関係の仕事とかは、その部類に入ります。

一方で、翻訳することが目的じゃなくて、伝えたいことが先にあって、
そのために翻訳をするっていう仕事があるんです。

□ラムネ庵
それってどういう仕事なんでしょう。
もっとよく知りたいです。

□中島さん
要するに翻訳はあくまで手段というか技術なんです。
例えばコーヒーを淹れるっていう行為を考えてみる。
うまいコーヒーを淹れる方法があるとするでしょ?
それはコーヒーを淹れる「技術」です。
でもコーヒーをいれることで、会話がうまくいくようにとか。
彼女に喜んでもらいたいとか。
同じいれるにしろ、コーヒーをいれること自体が目的なのと
あの子に飲ませてあげたいっていうのが目的なのとでは
全然違うと思うんです。

翻訳も同じで僕がほんとにしたいのは
彼女にコーヒーを飲ませて「おいしい」って言ってほしいとか
そっちの方ですね。

□ラムネ庵
うん! 今のはものすごくわかりやすい例えですね。
えっと、伝えたいことを翻訳を通して広めていくことで、
自分を表現するっていうことなんでしょうか。

□中島さん
そう。
翻訳者っていうのは言ってみれば黒子みたいな存在なんです。
作品が先にあって、
それをできるだけ自分を殺して、そこにあるものをそのまま
日本語に直すっていうのが仕事。
もしそこに私情を入れたら変わってしまうでしょ?

□ラムネ庵
そりゃそうですね。
それは嘘のことになってしまいますよね(笑)

□中島さん
でも、コーヒーを飲ませたいっていうタイプの仕事の場合は
自分も表現できるわけです。音楽と一緒だね。
自分がしたい仕事っていうのは。そこなんです。

例えば、この前『パブロック革命』っていう本を訳したんですけど、
あれは本を出すことだけが目的じゃなくって、
出すことによって自分が伝えたいもんが先にあったんですよ。

□ラムネ庵
やっぱり自分がパブロックがほんとに好きだし
そのすばらしさを伝えたいってことですね。

□中島さん
伝えたい。
僕っていうフィルターを通して選び出したものを
翻訳することで、自分のことも表現したかったですね。

□ラムネ庵
(『パブロック革命』を手にとって)
この本無茶苦茶分厚いですね。300ページくらいある。
よく訳し通せましたね(笑)

□中島さん
こんなの自分でもよく訳したなと思います(笑)
完成するまで半年くらいかかりました。

□ラムネ庵
あー、それだけするっていうのはやっぱり
伝えたいっていう意思がないとできない仕事ですよね。
『パブロック革命』を翻訳するまでの
いきさつってどんな感じだったんですか?

□中島さん
この本が出るらしいっていう情報を数年前から仕入れてて
出たら絶対僕がやるしかないって思ってずっと狙ってた。
そしたら遂に出る!って聞いたから、
すぐに予約して、誰よりも早く日本に仕入れて、
だーっとレジュメ作って、出版社の編集長に送ったんです。
「絶対これは面白いから」って押して押して押して。
あまりに押すから、ついに編集長も折れてくれた(笑)

□ラムネ庵
外国の本を出版する時に、中島さんみたいに翻訳家から
提案するって珍しいことなんですか?

□中島さん
そんなことはないけど、なかなか成功しないって言われてます。
この本も違う出版社に持っていってたらだめだったかもしれない。
編集の人たちがパブロックっていう音楽に
すごく興味をもってたから出してくれたんでしょうね。
そこは自分でこの本だったら
この出版社がいいんちゃうかって考えるんです。
ほんと、この本を訳してる間はしばらくずっと興奮状態でしたね。
文章が熱すぎるからもうちょっとクールダウンしてくれって
言われるくらい(笑)

□ラムネ庵
やっぱり好きだっていう気持ちが文章に出てしまうんですね。

□中島さん
うん、でもそのアドバイスは
今となってはものすごくためになってます。
文章でいくら熱い言葉を書いたからって
それが伝わるとは限らないでしょ?
むしろクールな文章を書いてても読んだ側に熱いものが
芽生えたらそれが一番いいと思うんです。
あんまり暑苦しい文章になると逆に引いてしまう人もいるしね。

□ラムネ庵
パブロックっていまいちよくわからないんですけど、
何なんでしょう?

□中島さん
それがどういうものなのかっていうことが
書いてるのがこの本なんです!(笑)

□ラムネ庵
あっ、なるほど(笑)
これを読んだらばっちりわかりますね。

□中島さん
パブロックって言ってみればDIY(do it yourself 自分でやる)
の世界なんですよ。
レコード会社とか大きなスポンサーというか
後ろ盾がない人間たちがアンダーグランドで活動してて、
それが音楽のエネルギーと人間のエネルギーでだんだん表面化して
ある一時期ロンドン中にばーっと拡がったムーブメント。
それがパブロック。

だから音楽のジャンルとかじゃなくて、人間の活動劇なんです。
普通なら諦めたり、最初からやらないようなことを
できると思い込んでやってるうちに
気が付いたら形になってたっていう(笑)
翻訳ならできるぞ!って勘違いした僕みたいに(笑)

だからこの本を訳すチャンスを出版社がくれたってことは
僕にとってものすごくプラスになってるんです。
すごく感謝してますね。

ただ本を出したってことだけじゃなくて、
この本に書かれてる内容が
自分がやってることに対して
ものすごいアドバイスになってるんです。
僕のバイブルみたいなものですね。この本は。