第3回 その4


陶芸は、土を相手にする仕事だから、
土をずっと触っているうちに、
アイデアが浮かんでくるものなんです。




□うえやま
喜多さんは、次の作品の構想を練ったり
インスピレーションを受ける場というのはあるのですか?

□喜多さん
インスピレーションというような
そんな上等な世界じゃありません。
陶芸は、土を相手にする仕事だから、
土をずっと触っているうちに、
アイデアが浮かんでくるものなんです。
指先の感覚にまかせて
作っていくこともあります。
そういう意味では楽だといえば楽かもしれない。(笑)

□うえやま
形が気に入らなければ、つぶして
もう一度作ればいいって感覚なんですね。

□喜多さん
そこが絵とは違うところです。
だから、成形に必要な最低限の技術を身につければ
誰にでも作れるんです。

ただ、さっきも言ったように
焼物は、たった数ミリの違いで
受ける印象が大きく変わってしまうものです。
だから、誰でもできるけれども、
良い物が作れるかどうかは、
全く別次元の話なんです。

□うえやま
そういうものなんですね。

□喜多さん
土を触りながら作っていくときには
指先に全神経を集中させています。
非常に微妙な力加減で、触り続けているから
指先の感覚が異常に発達してくるんです。

□うえやま
指先が意志を持つような?

□喜多さん
すごく繊細な動きができるようになるから、
女の子の中にはこの指の動きを見ただけで
感じてしまう子もいるくらい・・・。(笑)

□うえやま
またまた・・・。(笑)

□喜多さん
陶芸家というのは、歳をとっても
異様な元気さがある、あっち方面でも。
下のだらしなさは、信じられないものがあるから。(笑)

□うえやま
さきほど、陶芸の世界は間口が
かなり広いというお話がありましたが、
陶芸人口はどれくらいいるんでしょうか。

□喜多さん
学生を含めれば予備軍は相当いるでしょうね。
多くの人が、山里での悠々自適な生活を
イメージしているのでしょうが、
そんなことができるのは、
ごくごく限られたものであることを
なかなか理解できないようです。
作り方を少し学ぶと、それなりにできてしまうから
錯覚してしまう。
趣味でやっている分には、それでもいいんですが、
それで食べていこうとすると、
そこそこできる程度では非常に厳しい。

□うえやま
間口が広い分だけ、
評価も厳しいということのようですが、
それでも、脚光を浴び、
認められる人がいるわけですよね。
そういう人たちは、主にどのような
プロセスをたどっていくのでしょうか。

□喜多さん
一つは公募展へ応募して、賞をとること。
賞をとる回数が増えれば、世間が認めてくれて、
作品に対する評価は格段に上がることになる。
もう一つは、世襲制があります。
親の功績を引き継いで、
ある時点までくると、二代目、三代目を襲名するんです。
これが非常に影響力を持っています。

百貨店で個展をときどきやっていますが、
百貨店でできると言えば、
まぁ一流でしょうね。
そんなところで、若くしてで個展ができるとすれば、
著名な陶芸家の2代目や3代目などが、ほとんどです。
初代で若いうちから百貨店でできる人は、ごくわずかですよ。

□うえやま
百貨店の持つイメージがありますから、
下手なものは置けないというのがあるのでしょうね。
しかし、たとえ二代目だとしても、
その人が持って生まれた感性やセンスは、
踏襲することができないわけですから、
一代目がすごくても、二代目が良いとは限らないですよね。

□喜多さん
それはあるでしょうね。

□うえやま
見る人が見れば、これで二代目襲名はきついだろうと
わかるんでしょうね。

□喜多さん
そういうのはたくさんあります。
三代目はよくなかったけど、五代目はすばらしいとか。

□うえやま
それでも、高値で売れるわけですか?

□喜多さん
日本の場合は、悲しいかな、
自分自身で良いか悪いかを判断する基準を
持っていない人が多い。
だから世襲した陶芸家の作品であるとか、
公募展などで賞をとった人の作品
という基準でしか判断できない。
人が良いと言うから、いいんだと。

□うえやま
まさにブランド志向ですね。

□喜多さん
他の分野でもそうでしょう。
アメリカで賞を取れば、
無条件に評価してしまうところがある。
審美眼に自信がないんでしょうね。
みんながそうだというわけではありませんが、
傾向としては、あると思います。