第2回 その3

 

樹医は、時代が必要としたから
生まれてきたと思うんです。
つまり、人々が木に目を向け始めた
ということなんでしょうね。

□うえやま
樹医さんは、昔からいたんでしょうか?

□盛田さん
まだここ数十年くらいですね。
日本ではじめて樹医と呼ばれたのが、
山野忠彦先生なんです。

□うえやま
以前、「知ってるつもり」で紹介された方ですよね?

□盛田さん
そうです、そうです。
まだまだ、樹医というのが
一般的でなかった頃に、
山野先生が独学で
樹木の治療法の研究を始められました。
そのへんの詳しいことは、
山野先生の本(※)に書いてあります。
※- 山野先生・関連の本-
 ●木の声が聞こえる (講談社)
 ●緑の楽園 (講談社)
 ●緑のドクター(くもん出版)
 ●木を癒す (なにわ塾) など

□うえやま
ところで、山野忠彦先生が出てこられるまでは、
樹医という考え方はなかったんですよね。
しかし、現在はそういう人たちがいて
増えていると聞きます。
ぼくなんかは、必要だから生まれたという
単純な考え方をしてしまうんですが、
そのあたりはいかがですか?

□盛田さん
まさに、その通りだと思います。
でも山野先生達や、先輩方が治療に全国行脚していた頃、
人々の意識は、樹木治療に対する理解や知識がなくて
大変だったと思います。
そのころは、樹木に気を配るよりも、
自分たちが生活することで、
一杯いっぱいだったでしょうから。
そういう意味で、僕らが今、活動できているのは、
山野先生達がそういった素地を作ってくださった事と、
人々の意識や関心が高まってきたからなんでしょうね。
ボランティアでは、経済的な生きずまりが出てきて
継続していけないんです。
よく、木を処置しにいくと、依頼主の方から
「若いのに、えらいね」
って、よく言われるんですけど、
ぼくは、全然えらくなんかないんです。
本当にえらいのは、先祖代々大切にしてきた木だから
といって、自費で治療費を払っている人が
えらいんです。
その木は、天然記念物でも、なんでもないのに、
昔から受け継いできた木を絶やすわけにいかないと
決して安くない治療費を払っている方たちです。
こういった、人々の木を大切にする意識が
高まってきたから、
樹医も職業として成立しているんだと思います。

□うえやま
なるほどね。

□盛田さん
そうやって、木を大切にする人が増えてきたんですが、
一方で、木々に囲まれて暮らしたい、
というような幻想に抱かれて、
森のなかに家を建てる人がいるんですね。
そんな人から電話がかかってきて、
「裏の木の落ち葉が、屋根に積もって掃除が大変だから
切ってくれいない」
というような人もいるんです。
で、切ったら切ったで、
「木がなくなったから、直接、日が入ってきて、夏は暑い」
とか、いわれたりね。(笑)

□うえやま
自然が好きで、森に移り住んだはずなのに、
それは、おかしいですよね。
それなら、始めから、そんなところに
住まいきゃいいのに・・・。

□盛田さん
もともとそこにあった木を切り倒して
家を建てておいて、
邪魔だからとか言われてもね・・・。(笑)

□うえやま
「自然と暮らす」という
スタイルだけなんでしょうね。

□盛田さん
緑を、緑化を、とか口では言いながら
実際には、まったく逆のことをしている人が
結構いますから。(笑)
なんちゃってナチュラリスト・・・
僕もそうかな(笑)

□うえやま
僕はそうです(笑)

□盛田さん
話は少し飛躍しますが、
例えば、森林を伐採して宅地にしている業者だけを
悪くいう人がいます。
でも、その宅地を買ってしまった人もまた、
ある意味では、同じだと思うんです。
「山を削った宅地は買わない」と人々が言い出せば、
そういった開発は行われなくなるじゃないですか。
現実はそんなに簡単じゃないですけど、
最終的には、そこまで考えないと
緑化の活動は進まないと思います。

□うえやま
買う人がいて、売る人がいて
売買は成り立つわけですもんね。
売買の成り立たない商品は
消えていきますもんね。

□盛田さん
だから、人々の意識が変わって、
今よりもちょっとよい方向のものを
選択していきさえすれば、緑は
少しずつ戻ってくるでしょうね。
時間はかかりますけど。
私たちには、再選択できるチャンスが
毎日あるわけですから。