第2回 その13


ネイティブの人たち文化は
物質的には豊かじゃないけれど、
精神的には、今より遙かに
豊かで
洗練されていたと思うんです。

 

□うえやま
盛田さんは、アラスカの
ネイティブにも興味があるって、
おっしゃってましたよね。

□盛田さん
そうなんです。
まぁ、ローリングサンダーもそうなんですけど、
インディアンの暮らしに興味があるんですね。
彼らの、自然と共生する高度な文化が
現代のなかで、どう生かされているのか、
そこにすごく興味があって。

実は、その年の5月に1ヶ月ほどかけて
アメリカのニューメキシコ州と
その周辺にある インディアンのリザベーション(居留地)を
ずっとまわってきたんです。
でも、そこで見たのは、
悲しくなるような現実でしたね。

□うえやま
というと?

□盛田さん
これまで本を読んで、彼らの文化に対する
ある程度の予備知識をもっていたつもりだったんです。
インディアンの人たちは、
生活それ自体を生まれ変わっていく「命」たちのために
捧げる祈りだと考えているようなんです。
だから、生活している場を写真とるというのは、
あまりいいことじゃないと解釈していました。

でも実際に、その土地に足を踏み入れてみると、
今まで持っていたイメージとは、
かなりかけ離れていました。
観光地化されてしまっていて、
それにうんざりしていたんです。

でもね、それは間違った認識だと思ったんです。
現在、彼らがおかれている状況を理解せずに
自分の持っているイメージだけで
彼らを見るのはよくないな、と。

ある地域に強制的に住まわされて
彼が営んでいた猟ができる環境でもない。
ひどい差別を受けて、職につくこともままならない状況で
彼らから観光をとってしまうと
生きていけないんですね。

それに比べれば、アラスカのインディアンは、
まだ、伝統的な暮らしをしているんじゃないかと
思って、見てみたかったんです。

□うえやま
でも、アラスカのインディアンの人たちも
ずいぶん迫害にあってますからね。

昔、白人がアラスカに入ってきた当時は、
学校でネイティブの言葉を話すと
石けんで口を洗わされたらしいですね。

少し話がそれますが、
言語って、それぞれの文化の象徴だと思うんです。

欧米人も日本人も、着ている洋服とか
聞いている音楽なんかは、
似通ってきつつありますが、
依然として言葉の壁は厚い。
英語を中学、高校と、6年学んでも
しゃべれるかといえば、しゃべれない。
それくらい壁が厚いというのは、
独自性が高いってことでしょ。

だから、言葉って、
自分たちのアイデンティティの象徴だと思うんです。
その言葉を強制的に奪い取っていった罪は
大きいと思いますね。

すみません、話がとんでしまいました。
インディアンの伝統的な暮らしの話でしたよね、

□盛田さん
アラスカのインディアンのなかで、
クリンギット族とハイダ族の人々は、
トーテムポールやカヌー用の木を切るとき、
お祈りをして、樹に宿るスピリットにいったん、
霊の世界に戻ってもらうよう
お願いをするそうです。

そして、トーテムポールやカヌーが
できあがると、またお祈りをして、
再びそのスピリットに降りてきてもらうんだと
聞きました。

そんなしきたりが、今も残っているのがうれしくて。
ぼくは、そういうことにすごく親近感が湧くんです。

僕の故郷の青森と岩手には、昔、北海道の「アイヌ」のように
「エミシ」というネイティブが住んでいたそうです。

彼らも、インディアンと同じように
文字文化を持たなかったんです。
すべて、口伝(くでん)だったそうです。
それを、後で大陸から入ってきた文字を持つ人たちが
勝手に歴史を作りかえて日本書紀とか、古事記とかを
つくったという説もあって。

□うえやま
口伝って神秘的ですよね。

□盛田さん
形に残さない文化ですよね。
親と子供や一族のコミュニケーションを
本当に大切にしたのかもしれませんね。
故郷のマタギも森の掟を伝えるときは
口伝だって聞きました。
その特別な言葉や呪分は、一生に一度しか
言わないらしくて。
忘れちゃったら、どうするんだろ(笑)

□うえやま
ありえますよね。
おそらく、ニュアンスが変わったことは
多々あったんじゃないですか。
何千年にわたって、「伝言ゲーム」
しているようなもんですから。
ちょっと、次元が違いますけど(笑)

星野さんが、本に書いてたので印象的なのは、
アラスカのネイティブは
文字を持たなかったかわりに
大地に何も残さなかった。

いまは、記録する文化、
残す文化が当たり前になっているけど
何千年と暮らしながら、大地に何も残さず、
昔のままの姿を残してきたというのは、
それもすごいことだと。

少しくらいは、開墾したりして、何がしかの手を
加えてもおかしくないのに、残さなかった。
すべてのものを形として残さない。

動物が自然のなかに生きていた証を残さないように
ネイティブも自然に同化していたんでしょうね。
その文化のひとつが、口伝だったんだと、
ぼくは思うんですが。

□盛田さん
まったくそう思います。
ぼくは、ネイティブの文化を
ずいぶん洗練された文化のように思いますね。
物質的な豊かさはないけれども、
心という点では、
今よりも遙かに豊かで
洗練されていたと思いますよね。

□うえやま
ぼくもそう思います。

□盛田さん
地球環境の面でも
学ぶべき点は多いと思いますね。
今の文化レベルをすべて放棄して
昔の様式に戻ることは
現実的じゃないですけど、
自然との共生という点において
彼らの思想や生活形態から
学ぶべき点はたくさんあると思います。

自然について、どう捉えるのか、
共生するとはどういうことなのか。
勉強していきたいですね。

□うえやま
アメリカとアラスカを旅してどうでしたか。
何か得るものはありましたか?

□盛田さん
たくさんあるんですけど・・・。
旅を終えて一番強く感じたのが、
今まで、ずっと自分のなかで引きずっていた部分が
サッパリしたことですね。
これでいいんだ、今の自分の進む方向で
いいんだなって、納得できました。
見ず知らずの世界が、まだどこかにあって
その存在にひっかかりを感じながら
進むんじゃなくて、
納得できたカタチで進んで行くことできる、
そんな気持ちになったんですね。
だから、安心して、いけるところまで行こうと
思えたんです。

□うえやま
それは、すごい成果ですね。
自分の進む道を着実に見定めて行ってるようで
羨ましいですよ。