第2回 その10

 

造園の仕事、樹医の仕事にハマりました。
これだ!って直感しましたね。

□うえやま
ローリングサンダーの本に出会ったこと、
それがひとつの転機だったんですね。

□盛田さん
そうです。
5年ほど勤めた会社をやめました。
それで、プー太郎になったんです。
半年くらい、ずっとプー太郎してました。

でも、何がしたいか、なんて、
全然見えてこなかった。
あれでもない、これでもないと
ダラダラとした日々を送っていたんですが、
あるとき、本をすすめてくれた部長さんに
会う機会があって、状況を話していると、
「そんなことしてて、見つかるわけないでしょ!」
って怒られたんです。

「生活の中で、身の回りにおこること、
会う人にもっと注意しなさい。
生活のリズムや体のバランスを整えながら考えないと、
あなた、どんどん悪い方向へいくわよ」って(笑)
そのころ、いろいろ考えるところがあって、
いろんなことに批判的になっていたんです。
なんでもかんでも、すぐ批判してしまう、
そんな状況でしたね。

それで、その部長さんのところで
アルバイトとして雇ってもらったんです。

□うえやま
その部長さんには、
かわいがってもらってたんですね。

□盛田さん
えぇ、考えてみると、
今まで自分の道に迷っているとき、
要所要所で、ホント身近な人に
助けられてきました。

それで、そこで働きながら考えてて、
さっきもチラッといいましたが、
古代の日本にゆかりのある
何かスピリチュアルな仕事を
したいと思うようになったんです。

そんなとき、お寺や神社のご神木と呼ばれるような
木を治療する樹医という仕事を
以前、雑誌で読んだことを思い出したんです。
そして、荷物を全部ひっくり返して探したら
その雑誌が出てきたんです。

□うえやま
それが山野先生の記事だったんですか?

□盛田さん
そうです。
それで、雑誌の出版社に電話して、
山野先生の連絡先を教えてもらったんです。
電話をすると、山野先生はすでに
引退されてて、先ほども言いましたが、
その一番弟子の今の社長が
日本樹木保護協会と
(株)山満造園をやってたんです。

□うえやま
じゃ、盛田さんが電話をされて
話をされたのは、
山満の社長さんだったんですね。

□盛田さん
そうです。
電話をして、
「是非ともそちらで修行をさせて
もらいたんですが・・・」
と言ったんです。

そしたら
「一度直接会ってお話をしましょうか」
という返事をいただいて、
すぐに大阪に行ったんです。
「もしかすると、キミのイメージしている仕事と
違うかもしれないから、3ヶ月間働いてみて
その間に、いろいろ体験して決めてくれたらいいよ」
っていってくれたんです。
で、「お願いします」
って、お世話になることになったんです。

どうして親方が、そんな風に言ってくれたのか
あとでわかったんですけど、
この仕事って、かなりキツイ肉体労働なんですよ。
高いところにも登らないといけないし、
いろんな危険が伴いますしね。

□うえやま
相当ハードみたいですが
そんなきつい仕事なのに、
よかったんですか?

□盛田さん
これがね、
ハマったんです。
見事にハマりました。
---これだ!って、思いましたよ。
ぼくは自然のなかにいるのが好きだし、
泥だらけになりながら、
仕事と格闘しているのが楽しい。
それと、個人的には、
こういうのが本来の人間の姿なんじゃないか、
そういう風に思えたんです。
だから、迷いなんか、
これっぽっちもなかったです。
先輩たちも楽しい人とか、
変わった人ばかりで
恵まれてましたよ。(笑)

□うえやま
そうですか。
もしかすると、行き着くべきして
そこにたどり着いたのかもしれませんね。

□盛田さん
うーん、流れ流れて
たどりついたのかも。