ローリングサンダーを訪ねて 2

 サザンパシフィック鉄道の貨物列車が東から朝を連れてやって来た。

 ここは本当にネバダ州カーリンのローリングサンダーランドなのだろうか。昨日の出来事は本当だったのか。もしかすると何か夢を見ているのではないのか。包まっている毛布の中からあたりをうかがうと、外を走る貨物列車の音とトレーラーハウスの匂いは昨日の夜と何一つ変わってなかった。割れた窓ガラスの隙間から外を見ると、砂漠の中に果てしなく続くレールの上を貨物列車が警笛を鳴らしながら西へと走り抜けていた。どこかのモーテルの部屋から見える景色ではない。どうやらこれは夢ではないらしい。

ヒラタ氏も目覚めている様だ。彼も同じ様に昨日の出来事を振り返っているのだろう。一人言の様に何かつぶやいている。「いったいどういう事になっているのだろう。凄い事が起きているのかもしれないぞ。...」二人ともまだ昨日の興奮が少し残っているみたいだ。寝袋の中でじっとしている事に我慢出来なくなり思いきって外へ出てみることにした。

 外はひんやりとして肌寒いが、昇りはじめた砂漠の太陽がだんだんと体を暖めてくれた。あたりを見回すとそれほどは広くない敷地の中で、あちこちに作られた畑が目についた。すぐ裏手が母屋だった。はやる心を抑えつつゆっくりと母屋へ歩き出した。そしてそっとドアを押して中へ入ってみた。

 セージの香りが部屋全体を満たしている。中には誰もいなかったがインディアンのチャンティングのテープが流れていた。朝のやわらかい光とかすかに漂うセージの煙とが、とても心地良い空間を作りだしていた。「Good morning! 昨夜は良く眠れたかい。」キッチンからコーヒーを片手にフランクがやって来た。トウモロコシから作ったというコーンブレッドを一緒に食べながら話をしていると、アンジェリカとリサも母屋へやってきた。 

 アンジェリカはドイツから来た女性ジャーナリストで、ローリングサンダーの承諾を得てここでの体験を本にして出版するのだと言っていた。リサは僕達と同じで『ローリングサンダー』を読んで彼に会うためにワシントン州からここに来て、彼の身の回りの世話をしているのだ。リサはまだ20才位だが、ここでの家事はほとんど彼女がこなしているようだ。キッチンの奥から誰かを呼ぶベルの音がしてフランクが足早に奥の部屋へと消えていった。5分位たってからフランクに付き添われてローリングサンダーが起きてきた。

 「HO! みんなごきげんいかがかな。」そう言いながら皆の座っている丸い大きなテーブルに付くと、皆の見守るなかでローリングサンダーのブランチが始まった。食事が終わるまでしばらくの間、僕達は静かに過ぎて行く心地良い時間の中に身を委ねていた。

 僕はある事を考えていた。昨夜ローリングサンダーが色々と話してくれた話の内容をほとんど理解出来なかったまま、ここを離れてしまっても良いのだろうか。食べ物に関する話だけでもとても興味深い内容だったのだ。このまま出発してはきっと後悔するに違いない。何か良い方法はないものか。.........

 しかしこの悩みはあっという間に解決した。ヒラタ氏に相談してみると単純明快な答が返ってきた。「カセットレコーダーに録音すればいいじゃないか。」彼が持参したカセットプレーヤーには録音機能が付いていたのだ。「こんな事もあろうかと思ってね。」さすがプロのレコーディングエンジニア!!あっぱれである。

 さっそくローリングサンダーにお願いしてみた。「僕達はうまく英語を理解することが出来ないが、ぜひともあなたからのメッセージを日本の友人達に届けたい。あなたの話をレコーディングさせてはもらえないだろうか。」こう尋ねながらも断わられてしまうのではないかという思いが、頭の中をよぎっていた。

 ここに来るまでに日本で読んだ様々なアメリカインディアンについての本の中で、メディスンマンと呼ばれる人達はもとより多くのインディアン達は自分達が写真に収められたり、スケッチされたり録音されたりする事を好ないと書かれていたのをいくつか目にしていたからだ。勿論これらの話は少し前(昔)の話であることは承知しているが相手はローリングサンダーである。とんでもないお願いをしているのかもしれない。もしそうだとすれば断われてもしかたないのだ。

 「それは良いアイデアだ。ぜひ録音して日本の人達にメッセージを伝えてほしい。」

あっさりとOKをもらって少し拍子抜けしたが、これでなんとかローリングサンダーの言葉を持ち帰る事が出来そうだ。「丁度良い。私も録音の出来る機材を持っているので久しぶりに使ってみる事にしよう。ユキ、おまえはたしかミュージシャンだといってたな。是非君の歌も録音させて欲しい。」僕は少し戸惑った。

昨日の自己紹介で、私は日本から来たミュージシャンであると伝えていた。しかし今は何の活動もしていないのだ。そもそも今回の旅へのきっかけとなっていた出来事があった。

 小学校4年生で初めてビートルズに出会って以来、僕はROCKMUSICと呼ばれる音楽に夢中になり楽器を手にしてからしばらくすると、いつのまにかプロのミュージシャンとして活動する自分を意識していた。それからの僕の物事を判断する価値基準は、すべてその対象物(事、行動)が僕の音楽的成長にどのくらい影響を与えるかといった尺度で決められていた。音楽に付随する何かを含んでいるかいないか、多少のリスクはあっても刺激になるかならないか。音楽的体験として、反映されるか、etc...

 そんなふうに生きてきた15年間の行動の中心は、すべて自分がミュージシャンとして成功するという一点に注がれていた。ミュージシャンにもいくつかタイプがあり個人で色々な仕事をこなしている人もいれば、バンドを中心に活動している人もいる。僕の場合は後者で自分のバンドを成功させるという指標にだけむかって進んでいた。いくつかのバンドを経験してきたが、どのバンドも満足のいく結果を出せなかった。すべてのバンドに対して誇りもあったし、自信もあった。その中でも特に力を入れて活動していたバンドが解散してしまったのだ。この時ばかりはかなりのショックだった。最後のミーティングを終え部屋に帰った僕は、いきなりもどしてしまい3日間寝込んでしまった。「これで終わりだな。....」今までの生活から張り詰めていた何かが欠落してしまった。完全に自分に対しての自信を失っていた。

今まで一生懸命にがんばってきた時間は何だったのか。これからは何に向かっていけば良いのだろう。

 そんな時期に出会ったのが『ローリングサンダー』だった。なぜ僕自身がロックミュージックやアメリカに興味を持ち生きてきたのか、今まで僕を動かしていたものとは何なのか、その事に何か答えを出す事が出来れば一歩先へと進むことが出来るのではないだろうか。.........

 「実はギターを持ってきていない。楽器がなければ歌う事が出来ない。」

 歌うことから逃げるための口実であった。

 「ノープロブレム。私はギターを持っている。それを使えば良い。」どうやら僕はここで歌を歌うことになっていたらしい。フランクが奥の部屋から一本の古いアコースティクギターを持ってきた。「このギターはボブがここにいたときにいつも弾いていたものだ。」そう言いながらローリングサンダーが僕にギターを渡してくれた。「そう、ボブ・ディランだよ。」.........