2003/9/19  #63

ハードボイルドについて考える


こんにちはー。ラムネ庵です。

いやー、ついに阪神優勝しましたね。
道頓堀の橋では一人死人がでたそうで
気をつけなきゃいけません。ほんと。
優勝の日、友達を銭湯に誘うため
何の気なしに携帯に電話したら
なんと甲子園に行っていて
ちょうど7回の風船あげるとこで
ものすごい熱気が電話越しから伝わってきました。
「すげ〜よ!、うぉぉぉぉ!!!」
その人の興奮しまくりの声が
とてもおもしろかったです。
それで僕もちょっと優勝の熱気を
味わうことができました。

ところで今日はハードボイルドについて
書いてみたいと思います。
はーどぼいるど。
といっても実は僕はハードボイルドの本なんて
一冊も読んだことがないです。
家には一応レイモンドチャンドラーの
『長いお別れ』が置かれてはいるのですが
3ページくらい読んで挫折…
そんなやつにハードボイルを語る資格があるのか
といえばないのですが、
この言葉、英語で書くと
hard-boiled
「堅ゆでの」っていう意味なんですね。
日本語的感覚ではハードボイルドでひとつの
言葉のような気がしますが
英語では2つの単語でできていてしかも
ゆでているなんて、雰囲気は伝わってくるけど
おかしな言葉。
そのことを先日偶然発見しておもしろいなと思い
語源を調べてみました。

なんでも生島治郎という人の本によると
ハードボイルドっていう言葉は
アメリカの新兵訓練所の新兵が言い出した言葉
なのだそうです。

引用文があったのでちょっとまた引用させてもらうと
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新兵訓練所ではタフで非情な下士官がいて、
新兵連中を日毎シゴきにシゴく。
当然、新兵たちはその下士官のシゴキぶりに音をあげ、
毎夜、枕を濡らす破目になる。
その下士官の襟から真白な卵のカラを連想して、
新兵たちがそういうタフで非情な下士官を
ハードボイルド・エッグと呼びならわしたのが、
一般的につかわれるようになったのである。
 新兵たちは下士官連中の襟から卵のカラを連想し、
しかも、それは中身がグシャグシャの生卵や半熟卵ではなく、
固くゆであがった卵−つまり、中身までコチコチだ
という意味につかったのだろう。
 ここから、ハードボイルド・エッグ(固ゆで卵)という言葉が
一般化し、ハードボイルド小説といえば、
非情でタフな主人公が荒っぽい活劇を演じるストーリイ
というふうな誤解が生まれた。
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なのだそうです。
なかなかおもしろい語源ですよね。
最後に誤解が生まれたという風に書かれていますが
確かにハードボイルド小説っていうと
男の世界で、ちょっと間違うと男のエゴに陥りかねない
ような気がして
そういうの読むのもどうだろか
というのがあってちょっと敬遠してきたのも
あったかもしれないです。
その誤解について生島さんは続けて書いているのですが
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しかし、実際のハードボイルド小説は、
なにも、そんなスーパーマン的タフガイを主人公にする必要はない。
ただ、自分の創りあげたルールにしたがって
生きていこうとする主人公が、探偵役をつとめているだけである。
 この世の中で、自分の創りあげたルールに
したがって生きていこうとするのは容易なことではない。
そのために、主人公はさまざまな迫害を受け、裏切りに会い、
傷つけられる。
けれども、主人公はかたくなに自分のルールを守り通す。
 その点においてだけ、タフであり、しぶとく、
自分に対して非情なのである。
内心は傷ついても、それを表面にあらわして、
他人に見せたりはしない。
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ハードボイルド小説を読むっていうのは、
ストーリーもさることながら
主人公の生き方を読んでいるっていうとこが
あるのかもしれないですね。
でも、そこまで苦労してまで守りとおす
ルールとはなんなんでしょうか。
考えてみると
うまく言葉では表せないですが
きっと僕にも決して小説になるようなもんでは
ないですが、かすかにあるような気がするのでした。
推測するに、それをやぶってしまったら
自分が自分ではなくなってしまう
のです。偏屈なわけではないのでしょうけど。

というわけで、
「固ゆでで生きるのは難しい。
けれどもなかなか味のある生き方ではある。」

今回の非常に浅いハードボイルド考から
えた教訓はこれでした。

ではでは、また来週。