2006/7/5  #8

野風組曲   第8章

ガボォット2


困ったことになった。昨夜、ライダーの日記を書き終えるくらいから、ひどく首筋が痛む。段々ひどくなり、夜中には、首が曲がらないくらい。腕を動かしても雷に打たれたような激痛が走る。・・・やばいな、これではバイクに乗れない。前かがみなんて姿勢はとれないだろう。不安で眠れなくなった。鳴門へ寄るのはやめて、高知からもうそのまま東京へ帰るか?いや、その前にバイクに乗れるかどうかがまず分らん。もう一日ここで泊まって様子を見るか?しかし、もう手持ちの金が尽きそうだ。今度からは一人用のテントを持参しなくては。いろいろ悩む。もう一日課長に有給をおねだりしてみようか?いや、ただでさえ無理を頼んでお願いして来たのだ。6日の日まで休むわけにはイカンだろう。気合いだ、気合を入れて、うさぎ跳びをして、水も飲まずに厳しい練習に耐え抜いた野球部時代を思い出すのだ。加えて、それだけでは心もとないので、朝には調子が良くなっているように、いろいろな神様にお祈りをしてまぶたを閉じた。

・・・たいしたゲーム展開になっている。わが社の草野球チームNアタックスはこの試合の結果によってはBクラスからAクラスに昇格できる。3対2のまま9回表までもつれ込み、この回を守りきれば優勝、来期はAクラスだ。1アウト1・2塁、サードの俺様はゲッツー体制で緊張している。声を掛け合う野手たちもエラーは許されない。1打同点、あるいは逆転までされかねない状況である。心臓に毛の生えたピッチャー、Hさんもさすがに表情がこわばっている。そして同じく心臓に毛の生えたキャッチャー、M専任はピッチャーをリラックスさせるため、肩を二三度上げ下げし、大きく構える。キャッチャーミットを持つM専任の構えからは「責任はすべて俺が持つ。思い切って投げ込め!」というオーラが迸っている。この気合の入った剛毛バッテリーからヒットをもぎ取る事は至難のワザのはずだ。ピッチャーが大きく頷き、セットポジションからの第一球。バッターも初球狙いだ、打ったぁ!その瞬間、ボールがキャッチャーの頭上高く上がる。キャッチャーフライだ!野手がいっせいに「キャッチャー!」と叫ぶ。心臓に毛の生えたキャッチャー、M専任は勢いよくキャッチャーマスクを剥ぎ取る。そのとき、もう一つ別の黒い何かまで空高く宙に舞った。M専任は今まで見たこともない艶やかな頭をしている。本来、美しく一体化しているはずのヅラまで、剥ぎ取ってしまったのだ。M専任は動揺してミスキャッチ。意表を衝かれた野手や相手チームの選手たちまでもが抱腹絶倒、笑い転げている。しばらく試合が中断、どうにか笑いが収り、俺様も起き上がった。・・・

ガバッ。痛ってぇー(首が)。恐る恐る体を起こし、Tシャツを脱ぐ。全身汗びっしょりだ。ふぅ、またか。伝説のキャッチャー、M専任の夢はよく見るのだ。結局この後、気の抜けたNアタックスは見事、逆転サヨナラ負けをし、来期もBクラスで闘うことになったのである。しかしNアタックスナインは全く落ち込むことはなかった(M専任を除いて)。実際、Aクラスでいつも負け戦をするより、Bクラスで勝ち戦をしている方がはるかに楽しいからだ。この夢を見るたびに、一つの疑問が頭をよぎる。それは心臓に毛が生えている人は、頭の毛が薄くなるのだろうかということだ。うーむ。

時計の針は朝の五時半を指している。痛みも取れていない。最近じゃぁ、カミサマも当てにならない。多少、ほんの少し、シャワーを浴びてから良くなった程度だ。おそらくは昨日、道路脇に転落したときに、ムチウチみたいになったんだろう。

宿屋の兄ちゃんに事情を話して、シップをもらう。心配そうにしていたが、振りきってチェックアウト。乗れるか?相棒を信じてまたいでみる。ところが乗れたのである。不思議とバイクに乗る姿勢だと、痛みが走らない。横を向くと痛みが走るが、それもシップのおかげか、カミサマのおかげか、お昼頃までには、だいぶ良くなった。とりあえず、宗教は信じないが、神様は信じておこう。

中村市を6時50分に出る。56号をまっすぐ高知まで飛ばす。かなりスムーズに来れた。腹が減ったので、時計を見ると9時だ。歌夢飲(カムイン)という喫茶店を見つけて朝食を取る。そういえば、同じ名前で夜のお店もどこかにあったような気がする。店のおばちゃんと1時間ほどお話しする。コーヒーがうまかった。195号に入り、山の中へ突入。嫌々ひどい道であった。昨日コケた時に助けてくれた、もう一人のジィ様が言っていた。

「どこから来なすった?ほう、東京からおいでか。土佐の道は悪いけん、気ィつけてや。」

まったくその通りなのだが、故郷青森も似たり寄ったりなので、俺様がそれを言うわけにはいかん。しかし、とんでもなく悪い。峠ばっかし。朝から考えると、今生きているのが不思議なくらいだ。大釜の滝で、千葉から来たライダーと語り、写真を撮ってもらった。道は悪かったし、疲れたが、本当の四国の人々の暮らしぶりと、その原風景(段々畑、千枚田、ぐにゃぐにゃの道)を見ることが出来たと思う。この道を来てよかったのかもしれない。高知から山の奥地に入り、吉野川を見ながら徳島市、そして鳴戸市まで。よくここまで来た。意外に早かった。宿の予約を駅前の観光案内所で取り(やっと念願の温泉付きの宿だ)、シップをジャスコまで買いに行き、宿へ着いたのは夕方4時くらい。さっそくお風呂へ入る。さっぱりとした後、海までお散歩に出かける。旅館の前が、すぐ砂浜と海と公園。すばらしい、俺様のイメージにぴったりのプライベートビーチではないか。缶コーヒーを味わいながら、カッコよく黄昏る。タバコを吸う人間なら、もっとサマになっていたかもしれない。

晩飯を食べて、一休みしてからもう一度出る。浜辺に座って、風景を楽しむ。この場所が気に入ってしまった。あたりはもう真っ暗になり鳴戸大橋の素朴な明かりが心地よい。淡路島もうっすらと見え、高速を走る車のライトが、遠くの方でゆっくりと動いている。堤防の上には、こじんまりとした灯台があり、すんだ緑色の光をまるで催眠術をかけるようにゆっくりとまわっている。心地いい。波の音、風の音、・・・。

おや?これは一体どうしたことだろう。突然、さめたような感じになる。自分が雲のように霧状になったかと思うと、意識がどんどん全体?(よくわからない)を捉えていく。いつの間にか風景を楽しむ自分を眺めている。それがどの位置から見ているのかがまた分らない。なんだろうこれは、とても不思議な感覚だ。自分はそこでは、砂になり、海になり、灯台になり、波にもなる。また、風の音や波の音にもなることができる。意図すれば自分はどんなものにでも意識をうつすことができる。粒子状、あるいはガス状になった自分は、すべての繋がりをその状態では知る事ができた。そこでは、今まで分らなかったことが、すべて完璧に理解できたのだ。「そうか、そうだったのか!」そしてそれを言葉にしようとした瞬間、すべて忘れてしまった。

それは実に不思議な体験だった。

どのくらいの時間がたったのだろう。知らない土地にいる自分、旅で出会う人々はみな知らない人ばかり。ここでこうしていることを、昨日の自分に想像できただろうか。いや、なぜだか昨日も明日も、もうどうでも良いことのように思えてきた。今はただ、あまりにも優しい風景の中で、俺様は微笑みながら自分の感覚の余韻を楽しんでいる。疲れもどこかへ行ってしまった。風が少し強くなってきたが、いつまでもここにいたい。

さらりさらりと砂のように さらりさらりと風のように

明日はフェリーで大阪へ。この時期予約ナシでフェリーに乗れるのかって?不安を抱いた自分が問いかける。もう一人の自分が微笑み返す。その人は行けば何とかなることを知っていたのだ。

本日の出来高。中村市から鳴戸まで、走行距離350km。給油1回。おやすみ、ナサイ。