2006/5/31  #3

野風組曲   第3章

クーラント


朝七時に目が覚め、辺りを見回し、ここが何処なのかしばらく考える。そうだった俺様は砂漠へ行く途中なのだ。風呂に入って、ようやくヘルメットで固まった髪を洗う。ライダーの出陣の準備を整え、Fさんと朝飯を食う。「昨日の飲み会どんなんでした?」「や、わても憶えてへん」やれやれである。たしか、営業がどうの、工場がどうの、資材部のM専任がどうのと社内談義に花が咲いて、嬉しくて、楽しかった感覚はおぼえているのだが。。。まぁ、いいとしよう。Fさんにアドバイスを聞き、お礼を言って、9時15分、再び出陣。とおぉりゃー!

と勢いよく幹線道路に出たはいいが、いきなり方向が分らなくなってしまった。美しく若い姉ちゃんを見つけたので、道を聞いてみる。これがしつこいくらい親切で、関西弁で言ってくれるのがまたかわいらしい。昨日のオヤジといい、娘といい、大阪は東京には無いあたたかさを感じるのだ。

「僕はヘルメットをおもむろに脱ぎ、彼女のつぶらな瞳をじっと見つめる。あまりの熱烈な視線にか、彼女はうつむき、そしてハッとして僕のことを熱い視線で見つめ直した。僕たちは遂に出会ってしまったのだ。しばらく言葉の要らない心地よい時間が二人の間をながれる。彼女は何か喉のところまで出掛かっている言葉を、押し殺しているようだ。僕は旅人だ、えんりょせず身も心も解放してくれればいい。僕は優しく彼女の肩を抱き、目を閉じ、唇をゆっくりと寄せてゆく。そして、きっと読者の皆さんは期待の緊張感にかられているに違いない。なかなか手ごたえが帰ってこない僕の唇はフジツボのようにちょんがっている。すると、彼女がカンネンしたような面持ちで、言った。「チャック開いてるで。」」それから大阪娘は「はよ行けや!」と言って、雑踏の中に消えていった。

ここは大阪、世知辛いのである、寄り道をしている場合ではない。俺様は砂漠へ行かねばならんのだ。橿原インターチェンジから高速に乗って、岡山の佐用まで一気に飛ばす。途中なにわナンバーの黒塗りセルシオにプップーとホーンを鳴らされビビってしまう。なにわナンバーのそういった車はコワイ!それに大阪の高速道路、ダンボールやらビニールやら木っ端が、そこかしこに落っこちていて、高速もコワイ。神戸を過ぎたあたりから車がだいぶ少なくなってきたので、一度試してみたかった最高速試験に突入する。これより実況生中継に入るので、なんぴとたりとも画面から目を離さぬように。よっしゃぁ!

サービスエリアの出口手前から1、2、3、4速と、テンポよく80kmまで加速してゆく。本線に合流。へへっ、この加速感!相棒は絶好調のようだ。V型エンジンの回転数が気持ちよく上がっていく・・5千・・6千回転・・6速にギアチェンジ・・7千、8千・・9千回転、ここからだ、約2キロの直線コース。9千回転から一気に異次元へ加速する。トリップメーターもくるくると回りだす。・・9千5百・・1万・・時速120km。このあたりから別世界になってくる。突然バックミラーにセーフティライトが見えたかと思うと、あっという間に一台のバイクが追い越していく。NSRだ!なんということだ、おんなじ排気量なのに!「なぜなんだぁー!」と雄叫びをあげながらアクセルをしぼる。ついでにセーフティライトをつけ、追撃体制に入る。風の抵抗が強い、たまらずグッと低い姿勢をとる、130km。エンジンの振動と心臓の鼓動が一体化する。1万1千回転。こちらとて、マフラーを換えているのだ、おめおめ引き下がるわけにはいかぬ!1万2千回転。相棒をがっちりとニーグリップして、アクセルを雑巾のように絞っていく・・いよいよ異次元へ突入だ。140km。メーターがブレて見にくい・・すごい衝撃だ!・・1万2千5百・・ちょっとした路面の凹凸でぶっ飛んでしまう。150km、が、しかし、なぜ差がちじまらん?!遠く前方の車がズームレンズで覗くように近づいてくる。160km、100mをおよそ2秒で駆け抜け、ビビリはじめる。はたしてこの高速試験と、もう見えなくなったNSRを追うことに一体何の意味があるのだ。が、まだ加速する。もうメーターなんか見ていられない。このままいったら、俺様はバラバラになってしまうんじゃなかろうか。とたん、一瞬真っ白になった。

・・・なんだ、これは。ゆっくりだ、時間が止まっている。まわりの景色は飛んでゆくけれども、別の時間に迷い込んだようだ。輪廻の時間か?次々と車を追い越していく。ふ、こうして相い対して何かと比べなければ、俺様は自分の位置さえ分らないのだ。やれやれである。急にすべてがばかばかしくなってしまった。ここで一句。

釈迦の輪で  どこまで行くか  鉄の馬

ふむ、なかなかのデキだ。