2006/5/17  #1

「明けましておめでとうございます。」
と、課長に挨拶したのはもう2月になってからのことだった。
東京でサラリーマンをしていた頃の上司が、昨年大阪支社転勤になり、それでは、是非飲みましょうという事になっていたのが、のびのびになっていたのだ。

その上司とやっと年始の挨拶をかねて飲み会をしたのが2月で、今はもう5月になっているのだから自分でもあきれている。話していると、かつての社内事情がとめどなくあふれ出てきて、誰がどーなったとか、誰がこーなったとか、ネタが尽きることが無い。
課長が「モリ、お前も若かったナァ」とニヤリと笑う。おそらく課長はワタクシの女性関係を思い出して、ニヤリとしたのだろう。うーむ、社内恋愛、特にそれが同じ部署内である場合は非常に難しいものがあるだ。たしかに、若かった。いや、今でも若いのだが、二十代前半の赤っ恥、青っ恥の失敗の連続、無茶をしても二三日でケロリと立ち直ってしまうあの頃は、また特別な時間なのかもしれない。何処でどう繋がってくるのかわからないが、こうしてかつての上司と一杯飲めるというのは、たいへんにアリガタイ事である。

帰りの終電の中で、そう言えばあれは何処へいったろうと、思い出した。会社内で年一回、発行している「やすらぎ」という文集で、ワタクシはそれに、紀行文を投稿したのだ。自分で稼いで貯めたお金でバイクを買い、嬉しさのあまり5月の連休に砂漠に飛び出して行ったのである。ふむ、できることなら、タクラマカン砂漠やナミブ砂漠のようなところに行きたかったのだが、なにせお金が無いので鳥取砂丘でガマンせざるをえなかった。十九、二十歳くらいの頃である。

家に帰ってみると、はたしてその文集は、本棚の隅のほうに押しやられていた。ページをめくると、いやしくもワタクシのペンネームが書かれている。作者、やぶれかぶれ太郎と明記されている。しばらく読んでみたが、まったくもって、よくもまぁこんな稚拙な文章で(今でも十分稚拙な文章だが)人様の前にさらけ出したものだと赤面してしまう。冊子を閉じて、ため息をついて首を振っていたが、思い直して手にとって見ると、確かに気恥ずかしいのは山々だが、目を引くところもある。このほとばしるエネルギーの塊のような文章の中に、まるで別の人を観るように、そうか、あの頃からこんな事を考えていたのかと、感心してしまうところさえある。
かつてあった自分の野性味が薄れていくことへの危機感からだろうか、あるいはもう一度この作品を、今の自分というフィルターを通したらどうなるのか興味が湧いたのか、ワタクシはこれをコラムにしようかなと思うようになった。他にネタが無いわけではないし、やらなければいけないことは山ほどある。がしかし、そう思い始めると、いろんなことはうっちゃっておいて、やってしまわなければ気がすまなくなったのだ。

これはワタクシが若かりし頃、取ったばかりのバイクの免許を携え、買ったばかりのバイクに跨り、その頃聴き込んでいたバッハ音楽にならい、組曲形式(全10章)でまとめた紀行文である。これまでのドボク族の流れとは少し違うので、うえやまさんにドボク族の作業日報という項目を作っていただいた。読みにくく分りにくい所は加筆修正はするが、稚拙で駄文には変わりないので先に読者の皆様にお詫びしておきたい。多少なりとも、初夏の新緑に吹く、さわやかな野風(やふう)を感じていただければ、これ幸いである。

 

野風組曲   第1章

プレリュード

「砂漠が俺を呼んでいる。」

残念ながら、遠くから太鼓の音が聞こえてきたわけではない。

砂漠が俺を呼んでいる気がする。

ただ、そんな気がするだけだ。

まして、自分の魂の声を聞くのは一番難しいことなんだ。