2006/7/19  #10

野風組曲   最終章

ジーグ


昨日はかなり飲んで、寝ぼけまなこ。旅先から送った日本酒は、ほとんど俺様が飲んでしまったらしい。困ったもんである。とりあえず、シャワーを浴びてシャキンとする。酔い覚めのアルカリイオン水を飲んで、元気ハツラツ・ギルガメッシュ!

バイクのメンテをしなければならない。壊れたクラッチレバーのボルトの穴に太い針金を通し、ぐるぐるに捲きつけ固定する。これで少しは繋がりやすくなるだろう。ムム、よく見るとライトにひびが入っている。ハンドルの歪みはどうしようもない。うーむ、だんだんビッコをひいた手負いの犬のようになって来た感がある。ナンダカンダしているうちに、もう10時だ。行かなければ、御世話になったFさんに感謝して、「また東京の展示会のときにでも呑みましょう」と約束し、セルを回す。バックミラーを見ると、いつまでも手を振って送ってくれているFさんがいる。じんときてしまった。

橿原から25号線を頼りに戻る。今度は東京砂漠へ戻るのだ。だが、蜃気楼ただよう灼熱の砂漠に帰るのではなく、砂漠の夜明けに向かって帰るような心境だ。少しだけ、以前よりも自分がタフになっているような気がする。東京砂漠も違った見え方がするのかもしれない。亀山、名古屋、浜名湖を過ぎ、静岡、綺麗な富士山が見える。風がものすごく強い。俺様を殺す気か!富士川SAで給油。財布を開けてみて、お金がないのに、あらためて気がつく。高速代が足りるのだろうか不安。往路とは違い、燃費の悪い走り方はできない。坦々と80kmかそこらのスピードで走る。相棒よ、もう少しだ、がんばってくれ。

このスピードで高速を走っていると、ものすごく退屈だ。特に何もすることがないので、歌でも歌いながら走る。しかし、持ち歌が少ないからすぐにネタが尽き、また退屈してしまう。そうしているうちに段々と眠くなってきた。・・・ウトウト。ハッ!として目を開ける。遠くにいた車が目の前にまで迫っている。おそらくは1秒か2秒の居眠り運転だったのだろうが、1時間ほど眠ったような感触だった。心臓が早鐘を打っている。いかんいかん、次のSAで一休みだ。

コーヒーを飲みながら、15分ほど休んで、再び本線に戻る。走りながら、旅について考えていた。旅とは一体なんなのだろう。バイクを走らせながら、結局は目に見える風景がスクリーンに映し出されて移動しているだけで、本当は自分の存在する場所は1ミリも動いていないのでは、と思うときがある。ルームランナーの上をバイクにまたがりシャカリキに飛ばしている姿を思い浮かべると、実に滑稽だ。でも、こうしてバイクに乗って自分を移動させることができると、あの地平線の向こうにはなにがあるのか?とか、あの山の向こうにはなにがあるのか?トンネルを抜けたら?川を越えたら?と、超人的なスピードを与えられた自分が、どんどん地上を制覇しているような錯覚をしてしまう。その昔、騎馬民族が覇権的な社会を築いたというのが、なんとなく感覚でわかるような気がする。

人生はよく旅に例えられる。しかし、俺様はそれほど人生を生きてきて、人生とは何々だなんて言えるほど、経験を積み重ねていない。だから正直言って分らない。もし、旅が人生を凝縮したようなのもだとしたら、なんとまぁいろんな事が起こるものなのか。毎日が旅のような人生だとしたら、くたびれてしまう。定住生活をしている人の日常生活の中に、非日常的な旅が、ある役割や意味があるとしたら、さてどんな意味があるのだろう。フト、「通過儀礼」という言葉が浮かんできた。うーん、それはちと、だんだん深い話になりそうだ。

あるいは「旅は音楽のようなものである」という言葉があったとしよう。ふむ、これはなかなか名言かもしれない。美しい言葉だ。だが、なにを持って音楽なのかと聞かれると、根拠などなく、ただの思いつきなので、謝るしかない。理由は後から付け加えて考えねばならぬ。そうだ、女の子を口説く時にこれを使ってみよう。バーのカウンターに座り、「旅ってね、音楽のようなものなんだよ」なんて言いいながら、ニヤリとしてみる。いろいろごちゃごちゃ言ってはいけない。ただニヤリとするのだ。そうすると、隣の女の子はホロリと来ること間違いナシだ。そしてこう聞いてくる。「何か音楽をやってらっしゃるの?」俺様はまたニヤリとし、「実は僕はね、女性を楽器に演奏する超絶技巧派の迷ピアニストなのさ」「僕の演奏で何人もの女性たちが天使のような声を上げて昇天してしま・・・」いやいや、これだからイカン、旅について考えていたのだ。

思考が脇道にそれてくると、東名川崎の料金所が見えてきた。最後の難関だ、財布から最後の紙幣を払う。お金足りた。ほっと一安心。

首都高速、破滅的に風が強い。レインボーブリッジの風速計が20Mと表示している。橋の上で突風に吹かれ、いよいよ死ぬかと思う。恐れをなして、路肩をゆっくりと走る。後ろからホーンをならされたりして、いやな目にもあったが、命には代えられん。途中、何ヶ所かで、やはりバイクが事故っていた。ふぅ、腰が石のように硬くなっている。疲労困憊、全身ガビガビになりつつ、平井インターチェンジを降りる。

いつも通勤している道を通ると懐かしさが込み上げてきた。あー、帰ってきたぁ。いよいよ寮に到着。バイクも俺様もボロボロ、疲労感と爽快感と言うか、達成感が入り混じり、なんだろう、充実した時間に満たされた感じになっていた。何度となく死にそうな目にあって、少しは胆が大きくなっただろうか。とても、起用で、段取りのいい旅とは言えないが、一人旅に出て良かったとつくづく思う。本で冒険小説を読んだり、人から聞いたりするのとは違い、自分の肌でスピードを感じ、自然を感じ、そして人の温かさを感じた。この1週間、これまでの人生にはないほど、「生」を実感することができた。

ヘルメットを脱ぎ、その場にへたり込んで、しばらくぼーっとバイクを眺める。ありがとう。ここで一句。
君は多くを語ることはないが なにを考えているか僕には分る

相棒と俺様はいつまでもアイドリングの音を聞いているのだった。

5月5日、本日の出来高、橿原より、東京まで走行距離500km。
本日給油?回。皆さん、知っていますか?日本は美しい国でした。