2003/9/22  #8

酸素の供給量といのちの燃焼率

草刈りをしてるうちに、もう先月の話になってしまった。

「未来への航海」というNHKのシリーズ番組が終わった。
アジア各国の少年少女たちが日本の各地を1隻の船に乗っ
て訪れ、環境への提言をするという番組なのだが、
日本の原生林や、経済発展の裏側にある公害問題、解決し
ていないごみ問題など、日本の歩んできた軌跡や現状をさ
らけ出して未来をになう次世代に命題を与える、なかなか
いい企画だったと思う。

その航海を終えた子供たちにインタビューするニュース番
組の中で、ある少年がこう言っていた。
「将来は樹木医のように環境問題に取り組めるような仕事
につきたい。」いや、じっさいそう言ったかどうか、あや
ふやなのだが大体そんな内容のことを言ったのだ。
私はこれを聞いて、しばらく考え込んでしまった。ただ単
に私の頭が悪いのだとしても、考えてみるテーマとしては
悪くない。

樹医や樹木医がはたして「環境問題」に対して何かしてい
るのだろうか?

たとえば、一本の巨木を治療する場合に300万円の治療
費がかかったとする。この300万円を里山保全や植林事
業、世界の焼き畑農業の改善にまわしたほうがよっぽど環
境に対して効果が高いのではないかと思うときがある。単
純に二酸化炭素を固定して酸素を供給(排出)する量を比
較してみてもいい。一本の木を治療することと、何百本の
木を植林することの効果は?一本の木を治療することと、
何百本かの樹木の伐採を防ぐことの効果は?
(これには補足しなければいけないことがたくさんあるが、
今回は誤解を恐れずに思い切って省きます。)

この表面的な数字だけを比べると、とても温暖化や環境問
題に貢献しているとは言いがたい気がする。「樹を治療す
る」という言葉は、なんだかイメージだけが先走りしてい
るように思うのだ。樹医や樹木医が樹を治療することより
も、先進国の消費者が少しでも環境に負荷のかからないも
のを選択していくことの方が、はるかに効果が高いはずだ
と、声を高くして言いたい。

では、治療なんかやめちまって、植林でも外材輸入制限運
動でもやったらいいじゃないかと思われるかもしれない。
しかし、私は地球環境のために治療をしているのではなく、
私がこの仕事が好きだからやっているだけである。
付け加えるなら、この国がどういう状態になろうとも、最
後まで居続けて聖なる土地の回復を試みるつもりでもある。

航海を終えた子供たちには、ある役割やビジョンが与えら
れたかもしれない。それを発達させていくことはすばらし
いことだ。けれども、地球のためとか、何とかのためでは
なく、自分のためにその道を進んで欲しい。

そう思うきっかけになったのは、いつか夢に出てきた母親
の言葉だった。
「私のことをアレコレ心配するより、あなたのいのちを
燃焼させなさい。」たしかこう言ったと思う。

現在、日本人消費者は自国のみにとどまらず、世界中の国々
の環境を破壊し続けている。アラスカやレッドウッド国立
公園周辺の木材はほとんどが日本行きだったし、サケもそ
うだった。タスマニアの原生林は日本への輸出のためにサ
ッカー場9500個分に当たる面積が毎年伐採され、東南
アジアの国ではエビの養殖のためにマングローブ群の半分
の面積が失われてしまった。伐られたマングローブは木炭
になって日本に入ってきている。また、環境や人に優しい
ともてはやされている植物性の油脂を採るために、信じら
れないほどの森林破壊が進み、そこには油ヤシの農園が広
がるようになった。そして輸入したものはやがてゴミにな
り、それを焼くための一般廃棄物焼却炉は世界にある総数
の3分の2をこの国は保有している。

どうやら私たちは、日本にいながらにして地球を侵食して
いるようだ。

そんな日本に住んでいる私が子供たちに、好きなことをし
なさい、それ以外はするな!などと言ったりするのは、あ
まりにも勝手な話で、それは裕福な国の自由に生きること
ができる人間が言う、たわ言に聞こえることだろう。

まったくその通りだというほかない。けれどもお金や物を
手に入れることと引き換えに、ココロを失いつつある日本
人の一人として私はこう考えている。好きなことをするの
は極めて自然な生き方なのだと思う。そして好きなことを
していくと、そのうちに必ずそれが続けられるかたちや状
態とは?という壁にあたると思う。そうなって初めて「環
境」という言葉の意味がわかってくると思うのだ。

おそらく、どの道を選択していったとしても、
我々がたどり着くところはいっしょのような気がする。
であれば、それぞれの人がそれぞれの道で持続可能性を追
求していくことが一番の近道なのではないか。

ニュース番組を見終わった私は、
航海を終えた子供たちには魂の羅針盤が指し示す方向を
信じ、その命を完全燃焼して欲しい
と、ガラにもなく祈らずにはいられなかった。