2003/8/14  #7

TREEVOLUTION

それでは、強すぎるストレスを受けたときにはどうなってしまうのだろう。基本的に許容を超える過度のストレスは樹木のバランスを崩し、衰弱させていく。

今回の台風のような強風が吹いた場合を考えてみたい。

樹木は木材の強度のみではなく、さまざまな工夫をして過度の風の抵抗から身を守っている。

広葉樹で大きくなる木の中には、各枝が幹を主軸に「てこの原理」を応用して、シンメトリーに上下左右に振れて風の抵抗を軽減する動きを見せる。風を受け流すというか、デンデン太鼓のような状態を思い浮かべていただければいいだろうか。あるいは、4〜5年生までの枝が極端に折れやすい木、枝先の節から折れやすい木などは、自分の体をわざと折り、全体の枝を透かし、風の抵抗を軽減すると言われている。

そして学説の中にはこんなものまである。
樹木はその環境に適応するため、木質部分の最適化を施すと共に、樹幹の心材部を腐朽させ重量の軽量化を図っている。

最初それを聞いたとき、私は「そんなばかな。木が自分自身を腐らせるって?」と、その意味がよくわからなかった。

しかし、これは力学的な視点からも理にかなっていて、樹木の幹の心材部が腐ってきて空洞になったとしても、圧縮力と伸張力のほとんどは環状の辺材部分にかかるので、心材部分に負荷はかからない。材が硬く、煙突状になっている樹木が強風でも意外に立っているのはこういう理由による。

前回のコラムの例を思い浮かべていただきたい。
右腕(枝のこと)に負荷がかかったとしても、右脇腹・右足には圧縮力と左脇腹・左足には伸張力が働くだけで、中心部分にはほとんど負荷がかからないことになっている。例外はあるが、プラスマイナスゼロなのだ。では、空洞になったものと、健全な樹木では、どちらが破断強度が強いのか?ということになってくると、当然それは健全な樹木のほうが強度的には強い。しかし、重要なのはその樹木の上部、つまりマストと帆の部分が吊り合っているかどうか、が問題になってくる。この点については、のちに実際にあった北大キャンパスのポプラ並木伐採を事例に取り上げてみたい。

ところで、うえやまさんちのゴールドクレストはなぜ倒れたのか?

針葉樹の場合、浅根性(根っこが浅く張るタイプ)のものは、文字通り広く浅く根を張り、樹木が円形のサーフボードの上に立ったような状態になる。このルートプレートが強風でも転びにくい形状になり、踏ん張っている。
深根性(根っこが深く入るタイプ)のものは、樹幹直下に直根を深く発達させ、「てこの原理」を利用してその体を支えている。わかりにくいかもしれないが、細い穴に鉛筆を3分の一くらい入れて立ててみてほしい。そして、強い風を想定して、この鉛筆を倒そうとすると、細い穴の径で鉛筆が止まると思う。

私は園芸品種に特によわいので、ゴールドクレストがどちらのタイプかはわからないが、推測してみると、
うえやまさんの住んでいるあたりは、むかし田んぼだったり、レンコン畑だったと聞いている。排水性の悪い軟弱地盤だ。そこへマンションが建っているとなると、いちど土壌改良セメントで地盤を改良していると思う。その上にお化粧程度に真砂土が入っているに違いない。事実、30センチくらいしか土が入っていないと、うえやまさんから聞いている。(30センチも入っているとは、わりと真面目な業者が建てたのかも知れない)
根は、排水性が悪い土壌や岩盤があったりすると、そこからさきへ成長するのを嫌い、地表面を這うように成長する。巨木でも根が異常に露出しているものには、地下に岩盤があることが多い。
かさねて、マンション一階の庭はふだん風のストレスを受けにくい状況にあるのではないだろうか。水や肥料を与えられることに慣れている庭木の場合、根の張りも甘く、突風のような玉風が吹くと簡単に転んでしまう。(森の場合、樹林帯を作っているので単木で風をまともに受けるということはあんまりない。)もうひとつ、もし、塀で囲まれていたりして、ゴールドクレストが樹幹全体で日光を受けられない場合、日陰になる側への養分の分配をやめ、上へ上へと成長する側へ分配するケースが多い。すると根の張り具合にしてはひょろひょろと背の高い樹木になってしまう。
まぁ、アレコレ想像してはみるものの、実際は状況を見てみないとわかならいのが本当のところだ。ちなみに実生じゃないコニファーはよく倒れる。園芸品種・品種改良したものはいろんな意味で、バランスがよくない。虫にもすぐ入られる傾向が強い。

強烈な台風が来るとき、植木屋さんたちはうえやまさんと同じように、ロープやワイヤー、丸太を使って支柱をしに行ったり、枝をすかす剪定をしにいったりすることが多い。

反対の考え方で、雪国の植木屋さんが、わざわざ枝にのって剪定したりするのは、雪害(雪の重さで枝が折れる)に対する予防措置といわれる。枝に適度なストレスを与えて鍛えるわけだ。
そのあと雪吊りを施して万全に備える。昔から植木の職人さんたちが、学説などは知らなくとも「こうしたら、こうなるんや」と経験則で知恵を積み重ねてきたのには、感服させられる。

最後に、前回のコラムで、樹木は動くことができないと書いたけれども「そんなことはない。」と、おっしゃっていたのは、私が現代の南方熊楠と崇めている後藤伸先生だ。

和歌山の深い森の中でのことだった。
「ほれ、そこの円形に並んでいる木を見て見なさい。
全部同じ種類でしょう。それはもとは一本の巨木なんですよ。
いまある木はみんなその「ひこばえ」です。」

「えぇ!まさか。先生、それじゃぁ、まるで・・・」

原始の森の中に行ったら、このような状況を見かけることがあるかもしれない。
直径1〜2?(数)メートルの空白地帯を取り囲むように、その外輪に同じ種類、同じ太さの樹木が林立していたら、それは以前、一本の巨木が自分自身の体を何本かの樹木にトランスフォームさせた可能性がある。以前は巨大な樹木だった幹が徐々に腐朽菌に侵され朽ち果てていく過程で、根元からひこばえ(やご)を徒長させ、大きくなったのがその樹木たちだ。巨木の姿は変われど、彼の遺伝子は変わってはいない。むしろ、前にもまして繁殖戦略上、有利な状態に展開している。

このような例や、倒木更新などの過度のストレスから立ち直ってくる樹{
木たちをみていると、マイナス的な視点ではなく、自らを革新させる機会のような気さえしてくる。彼らは、むしろアメーバーのようなエネルギー体だと捉えるほうがいいのかもしれない。

光を食べ始めた(光合成)変り者のバクテリア(シアノバクテリア)がこの星に誕生してから25〜27億年と言われている。
(ヒトは200万年とか400万年)
植物のルーツである彼らが27億年の間、自らの体内に革命を起こし、命をつないできた過程で獲得してきた戦略は、我々の想像をはるかに超え、解明されていないことは数限りない。