ドボクなウケウリ学

2002/5/13 #1


Sakura‘s are core 
この雄叫びコラムの中で、
少しはマジメに何か書かなくてはと反省し、
このウケウリ学会を立ち上げました。

今回はその第一回ということで
「ドボクなウケウリ学その1 桜アレコレ」をお届けします。
あちこちから寄せ集めた情報を元に、
ドボクな味付けをして皆様に読んでいただければコレ幸いです。
もちろん気まぐれ更新ですが、
自らの学習のためという意味もあって
月に1回は更新目標です。

さて、桜。散ってしまいましたね。
さくらの古名は「コノハナ(木の花)」といい、
日本全土に分布していた。
ただそれは山桜を指していたようで、
我々がふつう目にする染井吉野ではない。

遥か昔、花といえば梅で(奈良時代)、
その後山桜を指すようになり(平安時代くらいから)
今は花といえば・・・どうなっているんでしょう?
そのコノハナがなぜ「さくら」に変わったのかは
詳しくは分からないが、諸説があるようで、
古事記に登場する木花開耶姫(このはなさくやひめ)の
「さくや」からとか、麗らかに咲くという意味の
「咲麗」の略という説、
そして咲く花の総称である「咲くらん」から、などなど。
面白いなと思ったのは民俗学的見地からで、
サクラの「サ」は、早苗、早乙女と同じく穀物の霊を表し、
「クラ」には神霊の依りどころとなる場所の
神座の意味があるらしく「サとクラ」で春の初めに咲く、
穀霊の依り代を表す霊木ということになっている。

桜をおおまかに分けると「山桜」(日本の野生桜の代表)と
「里桜」(品種改良によってできた桜)で、
そのサクラはひっくるめて300種近くあり、
現在、一般に桜と言えばソメイヨシノ(里桜)。
簡単な見分け方として山桜は葉と花が同時に展開し、
染井は花だけ先に展開する。
そして日本のサクラの80%以上を占めるまでになった。
以前の状況を想像すると現在のような街路樹とか
整備された堤防などは無かったであろうから、
もっと全体の個体数が少なく、
いたるところで品良くぽつぽつ咲いているといった
感じだったと思う。

染井吉野は江戸末期に、
染井村(現在の東京都豊島区巣鴨のあたり)の
植木屋さんが「吉野桜」として売り出したといわれ、
「染井吉野」という名は上野公園の桜を調査した
藤野寄命というヒトが日本園芸雑誌に最初に発表。
明治33年のことで今からほぼ100年前のお話。
奈良の吉野山の桜と区別するために、
「染井吉野」と名づけられたという。
起源をめぐってもやっぱり諸説があり、
今はアメリカのウィルソンが提唱した
大島桜とエドヒガンとの雑種とする説が定説となっている。
よくわかんないところがまだあるってことかな。

江戸時代に品種改良ブームがあったらしく
染井が全国に急速に広まった。
接木で容易に増えるのもその理由だろうが、
「明治維新」と「太平洋戦争」という御国のために
たくさんのヒトが散っていった時代背景も、
その後の染井吉野普及につながりがあるようでならない。
そこには華やかに散っていくことに美を感じる
日本人の死生観があるのかもしれない・・・
「花は桜木、人は武士」・・・自然の営みに身をゆだね、
はかない命を全うするという観が、
自らの思う道であれば、命を捨てさることも辞さないと
変わってしまったのはいつのころからだろうか。
染井の歴史が100年足らずだとすると、
日本人の桜観がこの100年で
急速に変わっていることに注目しなければならない。

古くからの桜好きには、
染井はド派手過ぎて品がないと
そっぽを向かれているらしい。
確かにソメイヨシノほど圧倒的に開花する木は知らないし、
それは反則ワザと言ってもいいほどである。
しかしあえて形容するなら「ゴージャス!」
消費的な現代人には合ってるのかも・・・
もし山桜のような品格を持ち、
里桜のようにゴージャスに咲く桜はないかしら、
という方は京都府亀岡市にある大本教さん神苑内にある、
貴重な山桜の変種をごらん頂きたい。
その名も「木の花桜」(コノハナザクラ)。

染井のある調査では、見かけ上の「満開」と
実際のつぼみの「開花率」にはズレがあるとされていて、
見かけが満開のとき、60%くらいしか咲いてないという。
(満開に見えるときに咲いてないつぼみが
4割くらいあるということ、
あとは7割目が咲き始めたときに
最初の花びらが散り始めるといったカンジ)
んで、実際に観てみると・・・そういう枝もあるし、
そうでない枝もある。
そういう木もあるし、そうでない木もある。

これはきっと前年生産したエネルギー量(樹勢)と
気温が主に関係していると思われる。
(気温10度以上の日が続くと開花し始める)
そして、どうして全国の染井が一斉に咲いていくのか
ドボク的に推測をしてみると、
苗木が接木で増えていることと植栽される条件が
似ているため環境が整うと同じ反応を示す、
さらには珊瑚の産卵のように同じ時期に咲いたほうが
受粉率が上がるという繁殖戦略のためと思われる。

俗に「桜切るバカ、梅切らぬバカ」といわれるが
(植木屋さん業界ではそう言っている)、
ドボク的見解では桜でも、スジの悪い枝は
幼木のうちに切っておいたほうがいい。
というのは、そのほうが傷口が小さくてすむし、
治りも早い。桜は腐りやすいし、病害虫に弱い。
それに花芽のつく位置を考慮して
桜切るバカといっていると思うが、
最近では優れた木質保護剤もあれば
殺虫菌スプレーも売っている、
剪定技術と管理さえキチンとしていれば大丈夫。

ただ、全国に蔓延しているテングス病には
ドボク族も手をこまねいている。
それと、もう一つ全国的に言えることは、
植栽する間隔が狭い。
10年ですぐ隣同士の枝が当たってしまう。

かくいうワタクシも同じ失敗をしている。
全国の植栽の設計をする方は、
排水の良い土壌環境に、
あらかじめ間隔を広めに取るか、
数年後にあいだの木を移植することを考慮してほしい。
これから夏に向けて、葉を展開し、
秋には美しい紅葉を見せてくれる。
花見のシーズンさえ終わると、
人は去っていってしまうが桜はどう思っているのだろうか。
近年、毛虫がわくので桜を忌み嫌う人が多くなっている。
大量発生する毛虫の中の一つは北米から来たものである。

遥か昔から穀物の神の依り代であり、
歴史と共に変遷してきた桜。
それは我々の心のよりどころであり、
心のあらわれと言えるのかもしれない。