2004/10/10  #25

ソトコト

突然の雨に、樹の下で雨宿りをしている。
樹の根元も、近くにあるベンチも雨でしっとりと濡れてしまっている。雨脚が強くなってきたので、出るにも出られない。世界は、どうやら私を樹の下に閉じ込めてしまいたいようだ。遠くの方からは雷鳴がとどろきはじめ、頭の上ではカラスが一羽、変わった声で鳴き始めた。やれやれだ。
カンカン照りの夏の間は恵みの雨なのかもしれないが、ここのところの雨では災害ばかりがニュースになっている。去年、一昨年くらいからの雨の降り方はどこかおかしいし、そのおかしいのは日本だけではなさそうだ。叩きつけられる雨がみるみる川になっていくのを眺めていると、なんだかぼんやりとしてきた。

ふむ、なかなかいい時間なのかもしれない。
深夜の公園や神社、それから台風が訪れる前夜もそうだが、そんなときに散歩をするのが私は大好きなのだ。なんとなく樹たちがザワついているように感じられる。ひょっとしたら木々たちがひそひそ話で打ち合わせをしているのかもしれない。なんとなくそう思うだけだけれども、もし植物たちにも意識があるとするなら、精神活動や交信はおそらく深夜になされるのではないかと思っている。

さて、どうしようか。
年明けから目まぐるしい日が駆け抜けて、落ち着いて考え事をする時間を持たなかったような気がする。今年はずいぶん忙しい年だ。忙しくしているのは自分なので、文句は誰にも言えないのだけれど、自分が進んでいる方向が本当に正しいかどうか、心のある道なのかどうか振り返ることを、そういえば最近はしていなかった。

アイヌの二風谷に行ってからは、どこか頭の中に引っかかっているものがある。ホーミーを歌いながらランディさんは「どう?レラさんに逢ってみて。」なかなか答えられない私は「あの目を見れただけでいいですよ。」と、月並みな返事をしてみた。実際、アシリ・レラさんの目は真っ黒でまん丸で、すべてを見透かしていても優しく包み込んでくれるような目だったのだ。
「それじゃぁ困るのよ。」と、ランディさん。
ずいぶん昔から私の中には、ある一つのイメージがあって、それはとてつもなく大きな樹木の幹の周りを人々やあらゆる生き物たちが螺旋状の階段を上って樹の上の方へ上の方へと登ってゆく姿である。どうもうまく説明できないが、ランディさんとレラさんとの出会いはその螺旋状の階段と何か関わっているような気がする。レラさんには階段を登る後姿を見せていただいたような気もするし、しかしその大きな力だけでは何かが足りないのかもしれない、とも感じた。それは何もレラさんに問題があるわけではなく、母性的な力と父性的な力の様なものと言ったらいいのだろうか。ランディさんは河合先生との対談の中で、「人はなぜ物語るのか?」と問いかけている。私の中にイメージとして存在する巨大な生命の木は、その周りの階段を登っているときには、樹の全体は大きすぎて見ることができない。根も地面も、これから行くであろう枝やその先の葉っぱまでも。しかし、循環する魂である私たちは暗喩としてその存在を語り継ぐことができる。そのことによって新しい階段ができるのかもしれない。樹の幹の内側を逆行して階段を下りて行く人達の事は、まだよくわからないけれども、たくさんの命たちが螺旋状の階段を登り続けていくには、神話や物語がその階段を支えてくれているような気がする。ランディさんはその階段を創りもするし、壊しもする人なのかもしれない。たくさんの螺旋状の階段のうちの一つに、レラさんは確固とした階段を力強く登っている。その姿を見ていて、私には信じる力がまったく、まだまだ足りないのだということもわかった。

そうこうしているうち、不登校の生徒たちが集うフリースクールから授業の依頼を頂いた。今年はじめから作り始めた倉庫はなんとか完成し、嫁は天から降っておりて来た。本格的に仕事に専念しようかと色々算段する矢先、こんな話があるというのも不思議なタイミングである。今私は螺旋状の階段の分岐点に立っているのかもしれない。しかし、私がどの枝に行ってどんな葉に生まれ変わろうとも、枯れては土に返り、再びどこかの階段を登り始めるのだ。それならドキドキワクワクする道のほうがいい。

ぼんやりし始めてからしばらく時間がたっている。
フト、めいとりくす長老が教えてくれたことを思い出した。
「ソトコトと言うことわざを知っておるかの?」
長老が言うには、なんでも東アフリカの方に伝わることわざで、木の下で休めばよい知恵が生まれるとか、木の下には叡智が宿るとか、そういった意味だったような気がする。

こどもたちに何かを伝えたいと思っていたのは、数年前からのひそかな願望でもある。ドボク族のシガナイ土木作業員が先生になる姿を思い浮かべてみて、一人笑いをしてしまった。そしてあるひらめきが訪れた。私はニヤリとし、雨の中をぬれて帰ることにした。

どうやら面白いことになってきそうだ。