2003/3/31  #17

恒例の年度末工事

あ〜あ、もう咲いてしまった。
サクラの開花、公園や街路樹たちの芽吹きを前に、
樹木のエネルギーの移り変わりを、ウケウリ学のほうでアップしようと思っていたのだ。

しかし、ワタクシの前に憤然と立ちはだかるものがある。
年度末工事の嵐。もううんざりである。
皆さんもうんざりしているに違いない。

知っている人は多いので、わざわざ書き記すこともないが
結局、お役所の年度予算を使い切ってしまわないと、来年度の予算をくれないという構造が、日本中の土木工事を年度末に集中させる。

これには、お役所内の予算消化率が大きくかかわっている。
「計画された予算を、計画通りに、効率よく市民のために使いました。」という評価・査定のポイントが来年度の予算をどれだけぶん取れるかに影響してくる。これがために、予算を100パーセント使い切ってしまわなくてはならない。使いすぎもいけないし、残しすぎてもいけないらしい。
ばかばかしい。あまったら、来年に回すとか、もっといい使い方があるだろうに。

役所の担当の方にもそう思っている人はたくさんいる。しかし、
どの局、どの部課も予算が多めに欲しいので、部署内でそんなことを言うと、上司や仲間につまはじきにされるという。それは全国どこでもそういう傾向にある。
(役所の担当の人にも、「予算の節約に関する新しい人事考課・評価査定基準」を設けたらいいのでは・・・)

業者はどうだろう。
よく「お前ら業者は儲かってええやろ!」
と言われるが、ワタクシはそうは思っていない。
突貫工事は時には仕方がないが、「いい仕事」とはいえない。
「そんなこと言うたら、仕事なくて困るやん。」
と言われるが、それはこちら側の問題だ。
役所の仕事ばかりに依存していること自体、不健全なのだ。
事実そういう業者はどんどんつぶれている。
もっとつぶれたらいいと思っている。
この大阪は、地域にある土木業者の密度数が日本一らしい。
多すぎるのだ。きちんと工事を行う業者だけが残っていけばいい。これについては奥が深いので、また別の機会に記したい。

ともあれ、お互いを奪い合ったり、殺しあったりする人間たちの営みをよそに、植物たちは今年もまた芽吹きの季節を迎えた。
今回は不本意ながらも、簡単にエネルギーに関することを記すことにした。舌足らずなので、もう一度、ウケウリ学でキチンとやりたい。

春、樹木たちは前年蓄積していたエネルギーを爆発させるように展開し、枝葉を成長させてゆく。春に花を咲かせる植物は多いが、基本的に花は葉っぱが進化した形なのだ。エネルギーがたくさんあるとき、そして受粉を媒介してくれる昆虫の活動とタイミングを合わせて花を咲かせるという繁殖戦略をとっているのであろう。(仮にこのとき、エネルギー量を「5」とする。)

その展開は初夏(梅雨時)までつづき、効率のいい受光形体を作る。そこまでは、蓄積していたエネルギーを大量に放出して、言わばエネルギーを生産する工場(葉っぱ)を先行投資して作ってしまうわけだ。(このときエネルギー量は「2」くらいまで減ってしまう。この時期に強い剪定をすると、抵抗力もないし、せっかく投資したエネルギーが収奪されてしまうので、樹木はかなりのダメージを受けてしまう)

展開が終わり、少しの休息のあと、今度は設備投資した工場が、初夏から晩秋までガンガン光合成をして、エネルギー(糖分)を幹や根に蓄積していく。(晩秋にはエネルギー量は「5・5」もしくは「6」にまで回復している。この感覚がイマイチつかめない方は、ジャガイモやサツマイモをイメージしていただきたい。)

そして寒い冬を迎えるに当たり、樹木たちは体内にエネルギーを蓄えたまま休眠期に入る。
冬に鹿やウサギなどが木の皮をかじったりするのは、糖分がたくさん蓄積されているかららしい。やはり甘いのだろうか。

越冬した樹木たちは、ポカポカ陽気になってくると、
こういってお互いを揺さぶり起こす。
「春が来た!」「春が来たよ!」と。

こうして季節はめぐっている。

関西にお住まいの方は、どうかこの1・2週間、植物たちの動物的な動きに注目していただきたい。身の回りにあるどんな植物でもいい。劇的に色が変わってゆく遠くの山系の樹林でもいい。公園などのイチョウの芽吹きは圧巻だ。
彼らは、たしかに生きている。

もっと丁寧にアップしたかったのだが、ワタクシは監督業務でテンテコマイになっているのだ。くそ!時間が欲しい。

あっ!「地被類」発注かけんの忘れてた!
「ふぎゃゃゃゃー!」