2002/9/5  #7


直径20メートルはあるだろうか、
大きく円形に土盛りされた中央には、桜と樫の古木がそびえ、
その古墳を覆うように枝葉を広げている。
その幹元には、だいぶ後から据えられたであろう
墓石のようなものがあり、石の表に名前は記されていない。

この公園が整備工事による刷新を図られようとしたとき、
近くに住む老婆が猛反対をした。「たたりがある」と。
誰がそこに眠っているのかはわからないが、
先代、先々代から、そこは触れてはいけない領域だったらしい。
役所関係者等さまざまな人が協議した結果、
この古墳以外の場所が造成され、
現在の人憩う公園に整備された。

局長とワタクシは
それぞれ持ち寄った日本酒をあけ、グラスに一杯ずつお供えし、
残りの酒は樹木を取り巻くように古墳全体に潤した。
局長は「ヤタガラス」という酒で、
ワタクシは「菊駒」という郷里の酒である。

そして二人はそこにひざまづき、かしこまって手を合わせた。
長い間戦った宿敵がその命を嘆願し救おうとするとは、
いったいどれほどの存在であったのだろうか。
望郷の思いと、土地と村の心配を最後までしていただろうに、
いや、もしかするとこれは罠だと
始めからわかっていたのかもしれない・・・などと
思いをめぐらしながら、徐々に心を空白にしていった。

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

どのくらいの時間がたっただろう。
あるいは、なにか心に響くメッセージが得られるのではと
思っていたが、アテルイは何も語ってはくれなかった。
それはまるで、
「私の名前を使って、お前が何かを語るというのは
おかしな話ではないか。」と、暗に言っているようにも感じる。
そうなのかもしれない。
しかし、何かの手がかりが欲しかったワタクシは
駅のコインロッカーから持ってきた
ドボク族の極秘文書を取り出してみた。
(食べかけのヨーグルトはすでにキノコになっていた)
そこには、「シアトル酋長の手紙」と題された文字から始まる
文章がしたためられていた。
シアトル酋長はたしかアメリカのワシントン州あたりを
テリトリーにしていたスケミッシュ・インディアンの
偉大なチーフだ。
今のシアトル市は彼の名前が由来になっている。

【アメリカのフィルモア大統領は1851年、
白人入植者を西部に送り込むために、
その地方に住んでいるインディアン各部族に
土地を政府に売り渡すよう要請した。
この要請に対しシアトル酋長が返書をしたためた。
しかしそれがどこでどう間違ってか1200年前、
多少編集されてドボク族に伝わり、極秘文書として
これまで厳重に保管されてきたのだ。
これはまことに苦しい展開ではあるが、
ワタクシとしても話のつじつまを合わせるのと
夏バテで四苦八苦しているのだ。
そこら辺をどうか分かって頂きたい。】

 

シアトル酋長の手紙
ワシントンの大統領はお前たちの土地を買いたいといってきた。

しかし、空や土地をどうやって売り買いできるというのか?

土地を含めた自然すべてが天の恵みであり、
これを売り買いするというのは奇妙に思える。
もし我々が青く澄んだ空を持たないからといって、
あるいはきらめく水を持たないからといって
そんなものをどうしてお金で買えるのだろうか?
この大地のどの部分も私の同胞にとっては聖なるものだ。
朝露に輝く松葉の一本一本も、美しい砂浜も、
暗い林を漂う霧も、みな私の同胞の思い出とそのプロセスの中で
神聖なものなのだ。
我々は自身の身体に血が流れているのを知っているように、
木々の中に樹液が流れていることを知っている。
我々は大地の一部であり、大地は我々の一部だ。
香り高い花々は我々の姉妹だ。
熊や鹿、偉大な鷲、彼らは我々の兄弟だ。
岩山の頂、草原の露、ポニーの体の温かさ、そして我々ヒト、
みな同じ家族なのだ。
せせらぎや川を流れる輝かしい水はただの水ではなく
我々先祖の血だ。

もし我々があなた方に土地を譲るとしても、
あなた方にはそれがとても神聖なものであることを
覚えていて欲しい。
澄んだ湖面に映るどんなに揺らいだ影でさえ、
私の同胞の出来事や思い出を語っている。
小川のせせらぎは私の父、そのまた父の声なのだ。
川は我々の兄弟だ。
彼らは私の喉の渇きを癒してくれる。
彼らは我々のカヌーを運び、
我々の子供たちに糧を与えてくれる。
だからあなた方には自分の家族と同じように
川を愛して欲しい。

もし我々があなた方に土地を譲るとしても、
空気は我々にとって貴重なものであることを忘れないで欲しい。
空気はそれが支えるあらゆる生命とそのスピリット(精霊)を
共有していることを覚えていて欲しい。
我々の祖父にその最初の息を与えた風は、
彼の最後の息をも受け入れる。
風はまた我々の子供たちに生命の息吹(霊)を与える。
だから我々があなた方に土地を譲るとしたら
あなた方はそれを特別な場所、神聖な場所に
しなければならない。人がそこに行って、
草原の花々のかぐわしい香りに満ちた風を
楽しめるような場所に。
我々インディアンが自分の子供たちに教えてきたように、
あなた方、白人も自分の子供たちに教えてほしい。

大地は母であると。
大地に降りかかるものは、大地の息子にも降りかかるのだと。
地面に唾するものは己に唾しているのだと。
大地は人間のものではない、
人間は大地の一部にすぎないのだと。
母なる大地は誰のものでもないのだから。

あらゆる物事は、我々みんなを結び付けている血と
同じように繋がりあっている。
人間は生命を自分で織ったわけではではない。
人間はその織物の中のたった一本のより糸にすぎないのだ。
人間は織物に対して何をしようと、
それは自分自身に対してすることになる。
確かなことがある。
我々の神は、またあなた方の神でもある。
あなた方の神は我々をお嫌いのようだが・・・
大地は神にとって大切なものであり、大地を傷つけることは
その創り主に対して侮辱を与えることになるのだ。
あなた方の目的は依然として我々にとって不可解なままだ。
バッファローが全部殺されてしまったらどうなる?
野生の馬をみな飼い慣らしてしまったらどうなる?
秘められた森の奥まで大勢の人間の匂いでいっぱいになり、
緑豊かな丘の景色がおしゃべりのための電線で
乱されてしまったらどうなってしまうのか?
美しい森はどうなってしまうのか?
それでもあなた方は母なる大地に線を引き
自分の母親を切り刻んで売り買いしようというのか?

足の速いポニーに別れを告げ、
命の終わりであり生命の始まりである狩りに
別れを告げるとはどういうことか?
そして最後のひとりとなったインディアンが
大平原を渡る雲の影だけを最後の思い出として
未開の原野と一緒にこの世から消え去ったとき
これらの海岸や森林はまだここにあるのだろうか?
私の同胞のスピリットが少しでもここに残っているのだろうか?
我々はこの大地を愛している。
生まれたばかりの赤ん坊が母親の胸の鼓動を愛するように。
何度も言うようだが、
我々が土地の一部であるようにあなた方も土地の一部なのだ。
大地は我々にとって「いのち」そのものなのだ。

大切な土地をあなた方に譲るのはよいが、
その場合、あなた方も
どうか私たちインディアンと同じくらい
この土地を愛し、いつくしんでほしい。

我々はみな兄弟なのだから。

・・・。

ワタクシが鼻をたらし、号泣しながら読んでいる横では
局長が顔を赤くして、先ほどのキノコをつまんでいる。
見ると、お供えしたはずのお酒は
すっかり空になっているではないか。
「・・・これ幻覚キノコかもしんない」
と、とぼけた顔で首をかしげている。
「局長も読む?」
と、シアトル酋長の手紙を差し出してみた。
「・・・いや、俺はアテルイと話したから。」
「・・そう。」
「・・・悲しいことです。」局長が小さくつぶやいた。
「明日の現場、どこでしたっけ?」気分を変えて聞いてみた。
「外構。」

明日は、木々を伐採し、山を削り、宅地開発された土地で、
測量されたポイントとポイントの間に境界ブロックを
積まなければならない。
土地の境界ではお隣さんどうしのトラブルがよくあるので、
1センチくらい控えてブロックを積むことが多い。
そのあと、フェンスを設置して
「ここからこっちが私のもの」とするわけだ。

一方では聖なる場所のヌシたちを治療し、世間にちやほやされ、
一方では母なる大地を冒_しつづけている。
それに気づいていながら、この仕事を何年も続けてきた。
・・・じつに矛盾するワタクシである。