2002/7/15  #6

 

労働基準局長の推測

その日、駅で局長を待っていると、
なにやらもよおしたくなってきたので、
ティッシュを買わねばと思い、販売機に百円を入れ
おもむろにそれを取り出してみると、
どうも何かがおかしい。
このムニュッとする感触は、いったい何かしらんと見てみると
そこには女性用生理用品と書かれている。

しばらくの間、自分に何が起こったのかわからず
呆然と立ちつくしていると、
急ぎ足で過ぎ行く女性たちが目をむいて驚いている。
それを握りしめたまま、
百円はどうやったら戻ってくるのであろうかと、
思案に暮れているところへ
ようやく局長がやってきた。

とりあえずポケットにそれと、
もよおしたい思いとを一緒にしまい込み、
われわれは例の場所へと向かって歩きだした。
そこは、局長が探し続けていた特別な場所である。
二人の顔には、微妙な緊張の色が見られる・・・。

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この業界に限らず、あらゆる業界
特に作業を主体とする仕事には
休憩(いっぷく)なるものがある。
われわれは普通、10時と3時をめどにいっぷくをする。
仕事の進み具合を確認し、次への段取りを調整したりする
なかなか合理的な時間である。
しかし、ドボク族の作業員は時間に対するケジメが
希薄なため、「キリのいいところまで」と称して
だらだらと仕事をしてしまうのだ。
そんな締まりのない現場に業を煮やしたH氏が、
ある時「10時です!!!」とテノール声で雄叫んだ。
すると、驚くことにドボク族作業員たちは
「おっ、もう10時か!」と、わざとらしく言って
いっぷくし始めたのだ。
これに、快感を覚えたH氏が、昼には「昼です!」
3時には「3時です!」、夕方5時には「撤収です!」
と雄叫ぶようになった。
おまけに、体調がかんばしくない日には「休むです!」
と言って、週40時間以上は働かなくなってしまった。
それ以来、彼はドボク族建設局
労働基準監督指導員として、
われわれに「局長」と呼ばれるようになったのである。 

ドボク族の人々はそれぞれ個性豊かなストーリーを持って
ココに集結しているのであるが、局長もまたその一人である。
「日本三大桜」などとよく耳にするが、福島県の「三春の滝桜」はその中でも最古最大の誉れが高い。天井から滝のようにしだれてくる枝に花が咲くさまは、その美しさに誰もがため息をついてしまうという。日本の天然記念物という分厚い写真集でも堂々と表紙を飾っている。一度は見てみたい桜であるが、実はこの日本を代表する三春の滝桜の木の下で生れ育った人物がわがドボク族メンバーH氏なのだ。我々の間ではあの桜のことを「Hさんちの桜」とまで呼んでいる。
風体は昭和天皇陛下にそっくりで、某国立大学法学部を卒業し(なんとあの大川興行の総帥と同級生なのである。しかし、だからと言ってウィーン電動コケシ合唱団に入っていたわけではない)空白の時期を過ごした後、天からのお告げを聞きドボク族に合流する。ワタクシより10歳も年上なのであるが、彼の部屋には松浦亜弥のカレンダーが掛けられている。
本人曰く「これはもらい物だ。俺はロリコンじゃない!」・・・だそうだ。

本来無口な性分であるにもかかわらず
休憩のことあるごとに、ドボク族作業員に一服を促し
メンバーから愛され続けている心優しき局長。
その局長が、以前から探していた場所がある。
大阪府枚方市内の今はもう地図には載っていない「もりやま」という場所。

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地図を見ながら歩いているワタクシに局長が言った。
局長  「えーと、ここが百済王神社で、ここが片埜神社・・・このへんやねん・・・」
ワタクシ「そこが例のもりやまっていう場所なん?けっこう住んでるとこと近いやん。」
局長  「そーやねん。」
二人とも東北出身であるにもかかわらず、関西弁に感化されているエセ関西人だ。
そして局長とワタクシは枚方市内のある公園の一角に小高く古墳のように土盛りされた場所へと辿り着いた。

今からちょうど1200年前
大和朝廷の策略にはまり、
この地で処刑された偉大なネイティブの酋長がいた。
局長の推測では、ここにわが民族
蝦夷(エミシ)の王、アテルイ(阿弖流為)その人が眠っているというのだ。

つづく