2002/5/30 #3

 

雨の日のシフトダウン

この業界で働いていると、ときどき耳にする言葉がある。
「ドカタ殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい」と。

地盤を触ったり、コンクリートを使う作業は、
雨の日にはどうしても制限されてしまう。
やってできないこともないが
結局手直しが入り二度手間になってしまうので、
そんな日には現場を空けるほうが得策である。
雨が降って喜ぶのは解体屋くらいなもの
ではなかろうか。(ほこりが立たないので)

では何をしているかというと、
あるものは事務所で提出書類や工事写真の整理をし、
あるものは資材置き場や倉庫の整頓。
そしてあるものは道具の手入れなどである。
一応は雨が降ったときの仕事を
あらかじめ作っておき、備えておくのが一般的だ。
そしてもし、そういった仕事さえもなくなり
雨の日が続くようなら休日と振り替えたりする。
雨の日休んで、日曜・祝日に働くのだ。
これが何度も続くと、まず、どの日が
どの雨の日の振り替えか分からなくなり、
次には曜日感覚がまったくなくなり、
しまいには嫁さんや彼女の安全日いや
誕生日さえも忘れてしまうといった大変なことに陥る。
有給休暇など有ってないようなものである。

業界の人の多くは日付よりも
天気のほうが重要だと考えているはずだ。
モノはためしで外で働く人に質問してみるといい。
「今日、何日の何曜日ですか?」
おそらく、たいがいの人が面倒くさそうにこう答えるだろう。
「ごめん、ムズカシィ事はわからへんねん!
あそこの監督さんに聞いて。」

ところが、「明日、天気どうですかねぇ。」と聞くと、
「あぁ、今週はずっと晴や!」と
即座に答えてくれるはずだ。
しかし、工期が迫っていたり、急ぎの仕事、
中途半端な雨の場合はやってしまうことも多い。
カッパを着用し、(雨よけのシートを張れる現場は恵まれている)
カッパの外側は雨や泥で、内側は汗で、
どろんどろんのぐでんぐでんの
ぬちょんぬちょんになるまで働くのだ。
そんな日のお風呂はまた格別である。

かたやドボク族は何をしているかというと、
しとしとと静かに降る五月の雨を眺めながら、
ぼんやりとコーヒーを飲んでいる。
森の木々の若葉の展開を見ながら、
今年の雨の降るタイミングに感嘆の思いをはせる。
草木はみずみずしく、鮮やかな緑をお互いに
競い合ってもいるようだ。
忙しい日常生活から解き放たれて、
フト、宇宙の奇跡について考えてみたりしている。

この広大な宇宙の中に地球という生命体が
誕生する確率や、その星の日本という国に生まれたワタクシ。
そのワタクシが違う土地で生まれた
「この人に出会っていなければ、今の自分はない。」
というヒトと出会う確率といったら、
一体どんな天文学的な数字になるのだろうか。
「偶然」という言葉はまことに便利である。

めいとりくす長老(いずれ登場する)に
言われたことが頭によみがえる。
「それはオヌシが予期していないというだけじゃ。
・・・もっと大きな存在にとっては
“至極もっともなこと”かも知れぬじゃろう。」

昨日の深酒のせいで頭が少し重いが、
その“大きな存在”と雨の降るタイミング
について考えてみるのもたまにはいい。

雨の日は、忙しい日常からシフトダウン
していくにはうってつけの日である。
いつものことだが、前日の晩の天気予報が
「雨」を表示したとたん、てんでやる
気がなくなり、ビールをしこたま買出しに行く。


「だいたい雨の日に仕事したって、
いい仕事できないもんね!」
と自分に言い聞かせ、音楽を肴に遅くまで酔いつぶれる。
しかし、それはあくまで天気予報が当たると
思い込んでいる場合で、はずれてしまった時は、
翌朝、太い声でモーニングコールをもらうことになる。

「おい。今日、現場やで!なにしとんねん!!!」
「ぬぅおおおおおおおおおぉー」

と、雄叫びを上げ、ベットから飛び起きる。

雨の日にアジサイを眺めながら
ぼんやりするのもいいが、
シフトダウンのしすぎには注意しなければいけない。