2002/4/24 #1

 

まず、最初のオタケビ

みなさんご無沙汰しております。
第二回インタビューで長々としゃべりまくった盛田です。
覚えてますか?

実はあの連載の途中から、ワタクシメの友人から
「いつもと違うじゃん!!!」とか
「ちょっとカッコつけすぎなんちゃう?」などと
ウソツキ扱いされ、
終いには「うそつきナオキ」と命名されてしまいました。

しかし皆さん聞いてください。
「ウソじゃないもん!」あのインタビューで話したことは、
ワタクシのある一面であって
当然ほかにもいろんな面を持ってるわけですよ・・・えぇ。

うえやまさんと打ち合わせしながら
そぎ落としていった部分があるし、
うえやまさんにも話してない(というか話し忘れた)
こともあってね、
こりゃー段階を追ってすべてを
言わないとイケナイかなぁと思って。
・・・つまり、まだしゃべり足りないわけですよ、
このワタクシは。

あのインタビューを読んで、我々が日々環境問題に取り組み、
東に病めるご神木あれば行って治療してやり、
西にケンカや訴訟があれば行って観戦してやる。
というようなイメージを持ったのではないでしょうか。

いやいや、事実は違うのです。
確かにバブルのころ先輩たちは自宅に帰る間もなく
日本中を駆けずり回って治療していたようです。
というのは、ふるさと創成一億円などという大金を
村や町のヒトがどうして良いか分からず、
社寺仏閣の補修や改修・ご神木の治療などに
一部を当てたわけです。
そんな時、以前から地道に治療活動していたうちの協会は
世間に注目されあっちこっちに呼ばれ、
ウワサが広まったという感じでしょうか。
そのころは樹木治療の仕事1本で
生活していけたかもしれません。

しかし今は違うのです。
世間は不況にあえぎ
(私自身は今までが異常だったんじゃないの?と思う)
あちこちで予算の切りつめがあって、
日本中の樹医さん樹木医さんは
その仕事一本で食べていくことはできない状況です。
宮大工さんをイメージして頂いたら良いと思うんですが、
彼らは平素は農業とか違う仕事をしていて
(手が穢れるというシキタリ見たいなものがあって、
民家を建ててはいけないらしい)
必要なときに変身して宮大工さんになる。
ただ、樹医はそんなに歴史があるわけではないので
シキタリなどというものはなく、
樹木治療の仕事がないときを
別の仕事で生計を立てていけばいい・・・
と言うスタンスで造園業をやっているわけです。

さて、ここからです。
ワタクシ自身は日本樹木保護協会に所属する
治療スタッフですが、
今現在、山満造園の社員ではありません。
アメリカから帰ってきた後、
恐らくこの業界初のフリーエージェント宣言を、
誰もいない倉庫の片隅で、蚊の鳴くようなか細い声で宣言し、
現在に至っているわけです。
(実際仕事の90%以上は山満造園さんの仕事なんですが)

そんなワタクシがうえやまさんから
「お気楽にコラムどう?」と声をかけられ、
正直うれしさの反面、さてどうしたもんかなと、
毘沙門天のような形相で眉をよせつつ考え込んだのも事実。
ウーム・・・お気楽にコラムを続けていくためには、
この無責任なワタクシが、
日本樹木と山満造園の看板を背負って語るには
少し問題があるわけです。
さらに、しがない一職人がお調子にのって文字書きになるなど、
一昔前なら親方にハンパもん扱いされたに違いありません。
ワタクシは頭をわしずかみにし、
さんざん考え悩んだすえ、
仕方がない!これはもうアレを言うしかないな、
と諦めにも似た気持ちで全世界に出自を決意したわけです。

そう・・・実は、ワタクシは「ドボク族」なのだ!と。

読者の皆さんは史上初のドボク族リポートに
度肝を抜かれてしまうかもしれない。
そんな真実と虚実が入り乱れる、
摩訶不思議なドボク族ワールドの扉が
開け放たれたのだ!!!・・・
あなたはもう、誰も信じてはいけなし、
苦情のメールをよこしてもいけない。

あまり前置きを長くして期待されても困るので、
とりあえず今回は謙虚に雄叫びを上げたい。


カッコつけ過ぎて、すいませんでシタ! 
「 シタァー!!! 」
(でも、うそじゃないもん!)


次回より、ドボク族についての驚愕の真相が明かされる!